風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

神の知恵でいきるようにと。私たちにも。

夢や空想が多いと饒舌(じょうぜつ)になる。
神を畏れ敬え。
コヘレトの言葉(伝道の書)5:6

 あなたがたの中で
知恵に欠けている人がいれば、
だれにでも惜しみなく
とがめだてしないでお与えになる
神に願い求めなさい。
ヤコブ書1:5

 

 Ⅱコリント2:5~11
 マタイ5:1~12(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句7/16;火)


 コヘレト(伝道者)は言うのですね。
「神殿に通う足を慎むがよい」、と。
悪いことをしても自覚しないような愚かな者は
供え物をするよりも、聞き従うほうがよい。
神の前では、あせって口を開き、
心せいて、軽々しく言葉を出そうとするな。
神は天におられ、あなたがたは地にいるのだから。

 

 だから、言葉数を少なくせよ。
夢を見るのは仕事が多く、悩み事が多いから。
愚者の声と知れるのは口数が多いから。
神に願をかけたら誓いを果たすのを送らせてはならない。
愚か者は神に喜ばれない。
願をかけたら、誓いを果たせ。
願をかけておきながら誓いを果たさないなら
願をかけない方がよい。
口が身を亡ぼすことにならないように。
(神殿からの)使者に「あれは間違いでした」などと言うな。
神はその声を聞いて怒り
あなたの手の業を滅ぼされるであろう。

 

 夢や空想が多いと饒舌になり、
むなしい言葉も多くなる。
ただ、神を畏れ敬え(コヘレト4:17~6)、と。

 

 

 だから、自分自身である
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになっている(創世記3:5、22)
〔生まれたときからの私〕という霊から出て来る知恵に依り頼まないで、
エスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の知恵によって生きるといいのだそうです。

 

 【父である神】は、だれにでも、
惜しみなく、とがめることもしないで、
知恵を与えてくださるのだそうですから。

 

 

 それでパウロは言うのですね。
教会のみんなの悲しみのもとになって
教会の多数の人から処罰を受け、
立ち返った人を赦し、慰めてあげなさい。

 その人が
あまりに深い悲しみに押しつぶされてしまうかもしれないから。

 

 サタンに欺かれ、赦さないでいて、
その策略に乗ってしまわないように(Ⅱコリント2:5~11)、と。

 

 

 神の知恵によってイエスは言うのですね。
「心の貧しい者は幸いです。
天の御国はその人たちのものだから。
悲しむ者は幸いです。
その人たちは慰められるから。
柔和な者は幸いです。
その人たちは地を受け継ぐから。
義に飢え渇く者は幸いです。
その人たちは満ち足りるから。
あわれみ深い者は幸いです。
その人たちはあわれみを受けるから。
心のきよい者は幸いです。
その人たちは神を見るから。
平和をつくる者は幸いです。
その人たちは神の子どもと呼ばれるから。
義のために迫害されている者は幸いです。
天の御国はその人たちのものだから」(マタイ5:1~10新改訳)、と。

 

 

 私たちも、
エスを通して来てくださっている
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の知恵の中で。

今日も。

 

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大きな喜び、失望(恥)に終わることのない希望の中へと

あなたたちの神、主は
あなたたちを試し、
心を尽くし、魂を尽くして、
あなたたちの神、
主を愛するかどうかを知ろうとされる。
申命記13:4

 

 私たちは知っているのです、
苦難は忍耐を、
忍耐は練達を、
練達は希望を生むということを。
ロマ書5:3~4

 

 ガラテヤ書6:1~5
 マタイ4:18~25(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句7/15;月・祝)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
他の神々に従い、これに仕えようとさせる誘惑や、苦難が
私たちに臨むのを許可されることがあるのですね。

 

 それによって私たちが、
本当に心を尽くし、精神を尽くして、
ご自身を愛するかどうかを明らかにされるようです。

 

 私たちの「的外れ」になっている実体を明らかにし、
私たちが、いよいよ、
私自身である〔生まれたときからの私〕という霊を、
エスが受けてくださった十字架刑での処刑によって、
処刑済み、死んだものとしていただいていることを受け取るように、と。

 

 そして、死んで墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
神の国について語った後、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座に復帰されたイエス

 

 そのイエスが、
【父である神】の右の座にあって私たちに派遣してくださるもう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方をお迎えするように、と。

 

 この方によって、心に【父である神】の御思いを置いていただき、
【父である神】の御思いの中に沈められ、漬け込まれ、
【父である神】の御思いの中で生きるように、と。

 

 そして、苦難を通して、
いよいよ天の神、主を呼び求め、
この方に信頼し、この方を待ち望む忍耐を生じさせ、

忍耐によって練達、練られた品性を、
練達によって喜びに満ちた希望を与えようとしていてくださるのだそうですから。

 

 あやまちに陥(おちい)った人がいたら、
【聖である霊】と呼ばれる方による柔和な心でその人を正してあげ、
互いの、自分では背負いきれない重荷を負い合いながら(ガラテヤ書6:1~2)。

 

 いよいよ、
【聖である霊】と呼ばれる方の働きの中へ、
【父である神】の御思いの中へと。
今日も。

 

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重荷を担い、いのちを得させ、御名を呼ばせてくださって

互いに重荷を担いなさい。
そのようにしてこそ、
キリストの律法を全うすることになるのです。
ガラテヤ書6:2

 

 私たちに命を得させ、
御名を呼ばせてください。
詩80:19

 

 イエスは盲人に言われた。
「見えるようになれ。
あなたの信仰があなたを救った。」
盲人はたちまち見えるようになり、
神をほめたたえた。
ルカ18:42~43

 

 ルカ6:36~42
 詩100(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句7/14;Ⅱ日曜)

 

 私たちは、それぞれに、
自分では背負いきれない荷物を
負わなければならない時があります。

 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
そのようなとき、
その人が一人でその荷物を負うのではなく、
互いにその重荷を担い合うようになってほしいと思っておられるようですね。
共に祈り合い、支え合って。

 

 私たちが御自身の御名を呼ぶようにしてくださり、
私たちに命を得させ、
私たちを生かそうと思っていてくださるのですから。

 

 あのエリコ街道の道ばたにすわり、物乞いをしていた盲人に、
人々がたしなめ、制止するにもかかわらず、
大声でイエスのほうに向かい、
ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください」と叫ばせ、

 イエスが立ち止まって彼を呼び寄せ、
「わたしに何をしてほしいのか」と尋ねられると、
すぐさに「主よ。目が見えるようになることです」と答え、

 イエスが彼に
「見えるようになれ。
あなたの信仰(信頼)があなたを直した」とのお言葉をかけると、
その言葉のとおりに、たちどころに目が見えるようになり、
神をほめたたえたながらイエスについて行ったように。

 

 私たち、まわりの人の目にあるちり、欠点や間違いにはよく気がつき、
自分の目にある梁(はり)、欠点や間違いには気がつかない、見えないで、
人を批判し、罪に定める者です。

 

 私たちの身代わりとなって十字架刑での処刑を受け、
死者の中から新しい霊のからだに復活し、
天の【父である神】の右の座に復帰されたイエスが派遣してくださる
【聖である霊】と呼ばれる方。

 

 その方が私たちの心に置いてくださる【父である神】の御思いは、
天の父が憐れみ深いようにあわれみ深い思いであり、
人をさばき、罪に定めるのではなく、
赦し、人に与えていく思いなのだそうです(ルカ6:36~42)。

 

 そして、私たちも、
あの見えるようにしてもらった盲人のように
神をほめたたえながら、
エスの御思いについて行くのですね。

 

 全地よ。主に向かって喜びの声を上げよ。
喜びをもって主に仕えよ。
喜び歌いつつ御前に来たれ。
知れ。【主】こそ神。
主が、私たちを造られた。
私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。
感謝しつつ、主の門に、
賛美しつつ、その大庭に、入れ。
主に感謝し、御名をほめたたえよ。
【主】は慈しみ深く、その恵みはとこしえまで。
その真実は世々に至る(詩篇100新改訳)、と。

 

 イエスに、互いの重荷を担っていただきながら。
この新しい1週間も。

 

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天の御国での生き方で、今を!

自分のものでないものを、
増し加える者は災いだ。
いつまで続けるのか。
ハバクク書2:6

 

 イエスの言葉:
どんな貪欲にも注意を払い、
用心しなさい。
有り余るほどの物を持っていても、
人の命は財産によって
どうすることもできないからである。
ルカ12:15

 

 ヨナ書3:1~10
 ヤコブ書5:13~20(通読箇所)

   (ローズンゲン日々聖句7/13;土)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
このように言われるのですね。
本来、自分が受けるべきでないものを自分のものとして増し加える者、
労働者に支払うべき賃金であったり、
偽って、だまし取ったり、
掠奪や搾取によって富を増し加える者、
その者は災いだ、と。

 

 「神のひとりのようになり、
善悪を知る」ようになっている(創世記3:5、22)
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊から出て来る思いは、
蛭(ひる)のように飽くことを知らず、
「もっと欲しい、もっと欲しい」と思うもののようです(箴言30:15)。

世界中の富を自分一人で独占しても、なお、飽き足らないで。

 

 だから私たち、
この、貪欲な、私自身である〔生まれたときからの私〕という霊を、
エスが受けてくださった十字架刑での処刑に合わせていただいて、
処刑済み、
死んだものとしていただくのですね。

 

 そして、死んで葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活されたイエス

 

 40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座に復帰されたイエス

 

 そのイエス


ご自分に代わる者として派遣してくださる(ヨハネ16:7)
【聖である霊】と呼ばれる方おお迎えし、
この方によって【父である神】の御思いを心に置いていただいて
(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28)、
【父である神】と
思いを一つにして生きるようにしていただけるのだそうですから(ヨハネ17:21~23)。

 〔生まれたときからの私〕から出て来る思いは、
死んだものから出て来た思いであると認めて、
神の御前に投げ捨てながら。

 

 イエスは言われます。
どんな貪欲にも注意して、警戒しなさい、と。

 「おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。
そうしたら、おまえが用意した物は、
いったいだれのものになるのか」、と。

 

 紀元前700年頃のこと、天
の神、主は、嫌がるヨナを、
アッシリア帝国の首都ニネベに遣わして言わせたたのだそうです。
「もう40日すると、ニネベは滅ぼされる」、と。

 

 すると、ニネベの人々はこの言葉をまともに受け取り、
断食を呼びかけ、
身分の高い者から低い者まで荒布をき、
ひたすら神にお願いし、
おのおの悪の道と暴虐な行いから立ち返ろうと努力したのだそうです。

「もしかすると、神が思い直してあわれみ、
その燃える怒りをおさめ、
私たちは滅びないで済むかもしれない」、と。

 

 それで、神は、
彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になって、
下すと言っておられた災いを思い直し、
そうされなかったのだそうです(ヨナ3章)。

 

 イエスの弟に当たるヤコブは言います。
「あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。
その人は祈りなさい。
喜んでいる人がいますか。
その人は賛美しなさい。
病気の人がいますか。
その人は教会の長老たちを招き、
主イエスの御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。

 信仰による祈りは、病む人を回復させます。
主はその人を立たせてくださいます。
また、その人が罪を犯していたなら、
その罪は赦されます。

 

 ですから、あなたがたは、
互いに罪を言い表し、
互いのためにいのりなさい」(ヤコブ5:13~16)、と。


 私たちも、
エスによって与えていただいた
この天の御国での生き方を生きる者として。

今日も。

 

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永遠の昔に立てられたご計画のとおりに

神である主の言葉:
わたしの声に聞き従い、契約を守るならば、
あなたたちはわたしの宝の民となる。
世界はすべてわたしのものである。
出エジプト記19:5

 神が私たちを救い呼び出されたのは、
私たちの行いによるのではなく
神の計画と恵みによるのです。
神は永遠の昔に
キリストにおいて与えられました。
Ⅱテモテ1:9

 

 ガラテヤ書3:6~14
 ヤコブ書5:7~12(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句7/12;金)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者と名乗られる方は、
私たちが、
ご自身と一つ思いになって生きていってほしいと願っておられるのですね。
ご自身の宝物となって。

 

 けれども、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになっている(創世記3:5、22)
私たち人間は、
自分の理性による善悪の判断のままを歩み、
神と対立、対抗する生き方をするようになのですね。

 

 天の神、主は、そのような背く、「的外れ」になった私たち人間を
ご自身と思いを一つにして生きる者に
取り戻そうと計画されたのだそうです。

 

 【独り子なる神】、キリストが
「女の子孫」(創世記3:15)として、人の世に来られ、
私たちの身代わりの小羊となり、
私たちの「的外れ」の責任をご自身の身に負って
神に呪われたものとなって(ガラテヤ3:13)
十字架刑での処刑を受けられることによって。

 

 この計画は、
永遠の昔、
神が「人を造ろう」と思われたその時から立てられていたものなのだそうです。

 イエスが受けられた十字架刑での処刑によって
〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑済み、死んだものとしていただいた者に、
もう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方を派遣し(ガラテヤ3:14)、
この方によってご自身を信頼し、受け入れる者の心に、
ご自身の御思いを置き、書きしるして、
ご自身と同じ思いを思い、一つ心になるように、と。

 

 イエスが二度目に来られる時は近いのだそうですから(ヤコブ5:8)。

今日も。

 

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すべてのことを最善に変えてくださる方の御思いの中で生き、動き、存在して

 主よ、
あなたは私を極め、私を知っておられる。
座るのも立つのも知り、
遠くから私の計らいを悟っておられる。
詩139:1~2

 

 我らは神の中に生き、動き、存在する。使徒17:28

 

 ヨハネ6:37~40(41~46)
 ヤコブ書2:14~26(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句7/5;金)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
私たち一人一人を探り、知っておられる方。
私の行動のすべてを、
私の思いのすべてを、
言葉に出す前にことごとく知っておられる方。

 

 そして、私たちは、
この神の御思いの中で生き、
動き、
存在しているのだそうです。
すべてのことが、
神から発し、
神によって成り、
神に至る(ロマ11:36)のだそうですから。

 

 イエスご自身が、
「わたしが天から下って来たのは、
自分の心を行なうためではなく、
わたしを遣わした方のみこころを行なうためです」(ヨハネ6:38)
とおっしゃっておられるように。

 

 イエスは、
私たちの身代わりの小羊となり、
私たちの「的外れ」の責任をご自身の身に負って、
神に背いた者、
神に呪われたものとなって
十字架刑での処刑を受けてくださいました。

 私たちの
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになっている
〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑済み、死んだものとしてくださるために。

 

 【父である神】は、
この、死んで墓に葬られたイエスを、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活させました。

 

 復活したイエスは、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座に復帰されました。

 

 【父である神】はこのイエスを通して、
私たちにもう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方を派遣してくださるのだそうです。

 私たちの心に、ご自身の御思いを置き、
私たちがご自身と思いを一つにして生きるようにと。

 

 それで、この方によって心に来た
【父である神】の御思いは、
受け入れる者の行動となって現れるようになる(ヤコブ2:21~26)のですね。

 

 私たちは、
私のすべてを見てくださっている方の御前で、
この方の御思いの中に生き、動き、
御思いのとおりに存在するのだそうですから。

エスがそうであったように。

今日も。

 

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強め、励まし、善い働きをし、善い言葉を語る者へと

万軍の神、主よ、
私たちを連れ帰り、
御顔の光を輝かせ、
私たちをお救いください。
詩80:20

 

 私たちの主イエス・キリストと、
私たちを愛して
永遠の慰めと確かな希望とを
恵みによって与えてくださる父なる神が、
あなたがたの心を励まし、強め、
善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださいますように。Ⅱテサロニケ2:16~17

 

 マタイ15:29~39
 ヤコブ書2:1~13(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句7/4;木)


 天使の万軍に号令し、これを意のままに動かされる方、
天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方。

 

 この方が、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって、
「われわれのかたちとして、われわれに似せて」と仰られる
造られた場から迷い出で、
「的外れ」になっている私たちを、
元の場所に連れ帰り、
御顔の光、ご自身の御思いと一つ心になって生きる者に
してくださるのだそうです。

 

 私たちの身代わりの小羊となって、
私たちの「的外れ」の責任のすべてをご自身の身に負って
十字架刑での処刑を受けられ、
死んで葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座に復帰されたイエス

 

 【父である神】は、
そのイエスを通して、
もう一人の助け主、【聖である霊】と呼ばれる方を私たちに派遣し、
この方によってご自身の御思いを私たちの心に置いてくださり、
私たちがご自身と思いを一つにして生きるようにしてくださるのだそうです。

 

 私たちを愛して、
私たちが、永遠の慰めと確かな希望を持ち、
心を慰め、励まし、強め、
あらゆる善い働きをし、
善い言葉を語るように、と。

 

 イエスが、
足のなえた者、手足の不自由な者、
盲人、口のきけない者をいやされ、
口のきけない者がものを言い、
手足の不自由な者が直り、
足のなえた者が歩き、
盲人たちが見えるようにされたように。

 

 そして、「かわいそうに、
この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、
食べる物を持っていないのです。
彼らを空腹のまま帰らせたくありません。
途中で動けなくなるといけないから」と、
手元にあった七つのパンと少しの小さな魚を取り、
感謝をささげてからそれを裂き、弟子たちに渡され、
弟子たちがそれを群衆に配ったところ、
女と子どもを除いた、男だけで4千人ほどの人々が食べて満腹し、
パン切れの余りが、七つのかごにいっぱいあったように(マタイ15:29~39)。

 

 私たち、
人を差別し、えこひいきするばかりの(ヤコブ2:1~13)、
〔生まれたときからの私〕という霊から出て来る思いは、
死んだものから出て来た思いであると認めて、
神の御前に投げ捨てながら、
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の御思いの中へと。
自由の律法によってさばかれる者らしく。
天の神、主に連れ帰っていただきながら。

今日も。

 

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