風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

あのかたの霊が来て下さるのだそうです

(1/12の聖句は、1/4の投稿を見て下さい。)
イエスは
バブテスマを受けて、
すぐに水から上がられた。
すると、
天が開け、
神の御霊が鳩のように下って、
自分の上に来られるのを
ご覧になった。
 
また、
天からこう告げる声が聞こえた。
「これはわたしの愛する子、
わたしは
これを
喜ぶ。」
マタイ3:16
 
 
    (ローズンゲン1/12より)
あの方は、
「わが霊をイスラエルの家に注ぐ」と
約束され、
 
さらに、
イエスによって
私たち人間の罪の贖い(あがない)が完了した
今は、
 
イスラエルの国籍がなく、
いろいろな約束とも無関係であった
私たち異邦人にも、
聖霊の賜物が注がれるようになったのだそうですね。
 
イエスが、
およそ30歳のころ、
キリスト(救い主)としての具体的な働きを
始められる時、
 
「わが霊」と言われ、
「神の御霊」と言われる方が
イエスのところに来られたのだそうです。
 
 
そして、
イエスが
あの方の「ことば」を話されたのは、
あの方が
「御霊を無限に与えられたから」
(ヨハネ3:34)
なのだそうです。
 
さらに、
イエスご自身が
「わたしは
その方から聞いたことを
そのまま世に告げるのです」
(ヨハネ8:26)、
 
「わたしは
自分からは何事もせず、
 
ただ
父がわたしに教えられたとおりに、
これらのことを
話している」
(ヨハネ8:38)
と言っておられます。
 
 
御子であられる方が
「御霊と呼ばれている方」によって、
あの方の思っていらっしゃることを
語っているというのなら、
 
私たちについても、
この「御霊と呼ばれている方」によって
、あの方の「思っていらっしゃること」が、
私たちの心の思いに来て、
私たちも
 
あの方のことばを語る者となる
ということのようですね。
 
そして、
イエスにお声がかけられたように、
私たちにも、
 
イエスの贖いのゆえに
 
「これはわたしの愛する子、
わたしは
これを喜ぶ」
と言っていただいているのだそうです。
 
今日も。
 
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