風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

あの方との一つに進むのですね。「聖である霊」と呼ばれる方によって

あなたの主権は
とこしえの主権、
 
あなたの統治は
代々に。
詩篇145:13
 
 
 神は
秘められた計画を
知らせて下さいました。
 
これは、
前もって
キリストにおいて
お決めになった
神の御心によるものです。
 
 
こうして、
時が満ちるに及んで、
救いの業が完成され、
 
あらゆるものが、
頭であるキリストのもとに
一つにまとめられます。
 
天と地にあるものも
キリストのもとに
一つに
まとめられるのです。
エフェソ1:9〜10
 
(ローズンゲン日々の聖句1/23;木)
 
 
天地万物は、
人間の住みかとして、
あの方によって
用意されたものなのだそうです
(イザヤ48:18)
が、
 
その人間は
「われわれのかたちとして、われわれに似せて
(創世記1:26)」
との願いで
創造されたものなのだそうですね。
 
 
これを
イエスのことばでいうと
 
「父よ、
あなたがわたしにおられ、
わたしがあなたにいるように、
彼らがみな一つとなるためです。
 
また、
彼らも
わたしたちにおるようになるためです。」
 
 
「わたしたちが一つであるように、
彼らも一つであるためです。」
(ヨハネ17:21、22)
ということであり、
 
「わたしたちが一つであるように、
わたしたちと一つになる者.が欲しい」
ということなのでしょうか。
 
そして、
あの方の計画の時が満ちるに及んで、
あらゆるものが、
キリストのからだとして
一つに集められることになる、
 
その時が来るのだそうですね。
 
救いの業が完成するそのとき、
創造の目的が完成する
そのときなのでしょうか。
 
イエスの十字架刑での処刑と復活、
天の父なる神の右の座に着かれたことによって、
 
イエスに代わって私たちに派遣されて、
今、
来て下さっている方、
「聖である霊」と呼ばれる方のお働きで、
私たちの心の思いに、
「父である方」の御思いの
私に関わる分が
思われるようになるのだそうです。
 
いつも一緒に居て、
存在が一つになり、
 
心の思いが
あの方と一つになり、
 
その思いについて行くとき、
行動が
あの方と一つになるのだそうですね。
 
完成のその時を目指して、
イエスが、
「わたしがわたし自身からは何事もせず、
ただ父がわたしに教えられたとおりに、
これらのことを話している」
(ヨハネ8:28)。
 
「わたしと父とはひとつです」
(ヨハネ10:30)
と言っておられる事実の中に
進みたいですね。
 
御霊に満たされることによって。
 
今日も。
 
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