風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

招待して下さっているのだそうです。私たちを。


わが主よ、もし私があなたの前に恵みを得ているなら、
   どうぞしもべを通り過ごさないでください。創世記18:3

 

 

見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。
  だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、...
  わたしは中に入って共に食事をし、
    彼もまた私と共に食事をするであろう。黙示録3:20


 

      (ローズンゲン日々の聖句12/13;土)

 

 

 

 一緒に食事をすること。それは友好のしるしであり、一つになっている表れでもあるのでしょうね。


  アブラハムは、自分の天幕の前を立った3人の人を招き、食事を差し上げたのですが、それが神(たぶん御子である神)と天使たちだったというのですね。そして、来年の今頃、子どもが産めなくてもう老人になっている妻、サラに男の子ができているとのおことばをいただくのですね。

 

 イエスが十字架刑で処刑されたことによって私たちの罪の贖いが完了している今は、御子である神ご自身が、私たちの心の戸をノックしておられるのだそうです。私たちが心の戸を開けるなら、その方、イエスが、そして、イエスによって派遣される聖である霊と呼ばれる方が中に入って、食事を一緒にして下さり、また、天の御国で、父である神の前での大宴会に入れてもらえ、食事を共にする栄誉にあずかれるのだそうです。一つになれるのですね。あの方と。今日も。

 

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