風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

そして、この希望は失望に終わることがないのだそうですね。愛されているので

主は与え、主は奪う。
 主の御名はほめたたえられよ。
ヨブ記1:21
私たちは知っているのです。
苦難は忍耐を、

忍耐は練達を、
練達は希望を生むということを。
ロマ書5:3~4
      (ローズンゲン日々の聖句10/14;水) 
 私たちは裸で、何も持たずに、母の胎から出て、裸で、何も持たずに去って行くのですね。
環境や素質、持ち物を与えて下さったのは、天の神、主。取り上げられるのも主なのですね。
 天の神、主は、そのような、失う苦しみ、苦難を用いて、私たちに忍耐を、
そして、忍耐を通して練達を、練達を通して希望を与えてくださるのだそうです。
そして、この希望は失望に終わることはないのだそうですね。
なぜなら、私たちのうちに来てくださっている聖霊と呼ばれる方によって、
神の愛が私たちの心に注がれているのだそうですから。
 私たちがまだ弱かったとき、天の神、主にそむき、主を無視していたとき、
キリストは定められた時に、不敬虔な者のためにしんでくださったのだそうです。
正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。
情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるのかもしれません。
しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、
神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられるのだそうですから。(ロマ5:5~8)
 
 この失望に終わることのない希望を与えていてくださる方、私たちの創造者を、
若いうちに知り、この方と関わりを持ちながら生きていってほしいのだそうです。
わざわいの日が来ないうちに、
また、老年になって、「何の喜びもない」という年月が近づく前に(コヘレト12:1~8)。
今日。
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