風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

慈しみと驚くような大きな御業の中に

母がその子を慰めるように、
 わたしはあなたたちを慰める。イザヤ書66:13
         (ローズンゲン2016年の聖句) 
 
神は臆病の霊ではなく、
 力と愛と思慮分別の霊を
  私たちにくださったのです。Ⅱテモテ1:7
        (1月の聖句)
 
すべてを主イエスの名によって行い、 
 イエスによって、
   父である神に感謝しなさい。コロサイ3:17
        (今週の聖句)
 
主の中の主に感謝せよ。
    慈しみはとこしえに。
 驚くべき大きな御業を行う方に。
     慈しみはとこしえに。詩編136:3~4
 
私たちの内に働く御力によって、
 私たちが求めたり思ったりすること全てを、
  はるかに超えてかなえることのおできになる方に、
 教会により、またキリストによって、
   栄光が世々限りなくありますように。エフェソ書3:20~21
 
        (ローズンゲン日々の聖句2016.1/1;金)
 
 明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
 
2016年が始まりました。
この年、天の神、主は、いや増して恵みに恵みを、
祝福に祝福を増し加えてくださり、
感謝し、御名をほめたたえる喜びに満たしてくださるのでしょうね。
 
 私たちは、自分の的外れの存在の結果を受け、
悲しみ、泣き、苦しみ、自分を責め、自分をなじり、後悔する者ですが、
天の神、主は、そのような私たちを責めるのではなく、
母親が小さい子を慰めるように慰めてくださるのだそうですから。
 
 天の神、主は、私たちがちりから造られた者にすぎないことを覚えていてくださり、
「神のひとりのようになり、善悪を知る者」になっている私たちには、
何も期待できないこともご存じで、
御子イエスの十字架の死によって、
「生れたときからの私」という霊を処刑済みの手続きを済ませてくださり、
受け入れる者に、「聖である霊」と呼ばれる方を派遣してくださって、
この方によって、受け入れる者一人一人の心に、
御自身の、私たち一人一人に対して思っておられる御思いを書き付けてくださり、
受け入れる者が御自身と心を一つにし、
思いを一つにして生きるようにしてくださっているのだそうです。
 
 その霊、「聖である霊」と呼ばれる方は、
臆病な方ではなく、力ある方、愛と思いやりに満ちた方、思慮分別に満ちた方。
その御性質を私たちは、まるで、自分がそうであるかのように、
自分の性質のようにして生きるようになるのだそうです。
 
 この方は、主、イエスのお名前によって来てくださり、
受け入れる者の心に、
御父と心を一つにし、思いを一つにしていらっしゃる、
御子であり、主であるイエスの御思いを置いてくださるので、
その御思いについて行くとき、
その行動は、主、イエスがしようと思われることをしていること、
主、イエスの名によってしていることになるのだそうです。
 
 その大きな御業の中に私たちも加えていただいて、
同労者の栄誉を受け、
感謝をささげ、賛美を献げる者にしてくださるのだそうですね。
この新しい年。
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