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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

永遠の昔、天地が造られる前からの計画なのだそうですね。あの方の。

神の言葉:
わたしは、とこしえに責めるものではない。
  永遠に怒りを燃やすものでもない。イザヤ書57:16
 
 神が私たちを
救い聖なる招きによって呼び出してくださったのは、
私たちの行いによるのではなく、
御自身の計画と恵みによるのです。
の恵みは、永遠の昔に
キリストにおいて私たちのために与えられました。Ⅱテモテ1:9
 
        (ローズンゲン日々の聖句4/29;金)
 
 いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、
その名を聖ととなえられる方が仰せられるのだそうです。
「わたしは、高く聖なる所に住み、
心砕かれて、へりくだった人とともに住む。
へりくだった人の霊を生かし、
砕かれた人の心を生かすためである。
わたしはいつまでも争わず、
いつも怒ってはいない。
わたしが造ったたましいが衰え果てるから。
彼のむさぼりの罪のために、
わたしは怒って彼を打ち、顔を隠して怒った。
しかし、彼はなおそむいて、
自分の思う道を行った。
わたしは彼の道を見たが、彼をいやそう。
わたしは彼を導き、彼と、その悲しむ者たちとに、
慰めを報いよう。
わたしはくちびるの実を創造した者。
平安荒れ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。
わたしは彼をいやそう」(イザヤ57:15~19新改訳)と。
 
 天の神、主は、声をかけていただきながら、なおそむいて、むさぼるばかりの私たちを、
そういう自分の実体を認めて悲しむ者、心砕かれた者、その一番低い所にも共にいて下さって、下から支えてくださるのだそうです。
「たましいが衰え果てるから」と思っていてくださるのだそうですね。
 
 天の神、主は、永遠の昔、人間のために天地が造られる前からそう思っておられ、「御子である方」を私たち、そむくばかりの人間の身代わりとして処刑することによって、私たち、人間を取り戻すご計画を立てたうえで、天地の創造、人間の創造に取りかかられたようですね。
 
 そのご計画を、今から2000年ほど前、「御子である方」が、ダビデ王の子孫であるユダヤのナザレ村の貧しい一人の処女マリヤの胎を通して、「女の子孫」(創世記3:15)、人間イエスとして生まれられ、およそ、33歳の頃、エルサレムの城壁の外で、十字架刑での処刑を受けてくださったことで実行されたのだそうです。
その救いを、なんの良き行いもない者に、恵みのプレゼントとして差し出していてくださるのだそうです。
 
 そして、これを受け取る者に、もう一人の助け主、「聖である霊」と呼ばれる方を派遣してくださって、この方により、受け入れる者の心に、私たち、一人一人に思っていてくださる御自身の思いを書き付けてくださるのだそうです。
 
 それで、悪いことばかりに傾く私たちの心も一新していただけて、「父である神」が一人一人に対して思っていてくださる御思いを思うようにもしていただけ、一つ思いになって、「父である神」が一人一人をとおしてしようと思ってくださっていることをしていく者にもしていただけるのだそうです。
永遠の昔から。
今日も。