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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

隣人に対し、真実を語る者に

悪人に加担して、
 不法を引き起こす証人となってはならない。出エジプ記231
 
 偽りを捨て、
それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。エフェソ書425
 
      (ローズンゲン日々の聖句5/20;金)
 
 偽りのうわさを言いふらしたり、悪者と組んで、悪意ある証人になってはいけない。
悪を行う権力者の側に立ってはならない。
訴訟にあたっては、権力者にかたよって、不当な証言をしてはならない。
また、その訴訟において、貧しい人を特に重んじてもいけない(出エジプト2313新改訳)、と、おっしゃるのですね。天の神、主は。
 
 「生まれたときからの霊」という私自身は、人をあざむく情欲によって滅びて行くもののようですが、その「生まれたときからの霊」という自分自身は、イエスの十字架の死に合わせていただいて、処刑されたもの、死んでしまっているものと認めて(計算して)、これを古いものとし、イエスによって派遣される「聖である霊」と呼ばれる方をお迎えし、この方から来る「父である神」の御思いを我が思いとして生きる者は、心の霊において新しくされるのだそうです。
 
 受け入れる者の内に始まる、その新しい人は、偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語るようになるのだそうです。
怒っても、日が暮れるまで憤ったままでいることはなくなり、怒り、憤りも全部、天の神、主の御前に差し出し、見ていただき、知っていただきながら歩むようになるのだそうですね。
 
 盗みをしていた者も、正しい仕事をし、ほねおって働き、かえって、困っている人に施しをすることを喜ぶようになり、旧い人からわいて来る悪い言葉、悪い思いも、主に差し出し、受け取ってもらい、死んでいる者から来た思いと認めて通り過ぎて行くようになり、かえって、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与える者になるのだそうです(エペソ42229)。
 
 「聖である霊」と呼ばれる方は、働いてくださるのですね。受け入れる者のうちに。
今日も。