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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

すべての人に知って欲しいのだそうです。この「うれしい知らせ」を。

諸国の民に御業を示し、
  気高い御名を告げ知らせよ。イザヤ書124
 
 イエスは弟子たちに言われた。
「全世界に出て行って、
すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。マルコ1615
 
      (ローズンゲン日々の聖句5/26;木)
 
 かつて(3500年ほど前)、イスラエルの民をエジプトの奴隷状態から救い出された方が、すべての人を罪の奴隷状態(ヨハネ8:31~36)から救い出し、新しい生き方をさせてくださるのだそうです。
 
 その、うれしい知らせを、すべての人が知ってくれるようにと願っておられるようですね。
 
 イエスが十字架に架かって、私たち、すべての人間に代わって、すべての人間のそむきの罪の罰を御自身に受けてくださって十字架刑での処刑を受けてくださいました。
 
 それで今は、受け取る者、誰にでも、「聖である霊」と呼ばれる方が来てくださる道が開けているのだそうです。
 
 この方が、受け取る者の心に、「父である神」と呼ばれる方が、ひとりひとりに思ってくださっている御思いを書き付けてくださるので、その働きを受ける人は、その部分において、「父である神」と同じ思いを持つ者としていただけ、一つ心にしていただけるのだそうです。
 
 ちょうど、私たちの身体にいろいろな肢体があり、それぞれがそれぞれの働きをしていながら、ひとりの人として調和し、統一されているように、この「聖である霊」と呼ばれる方の働きで、「父である神」の御思いによって生きる者も、その御思いのとおりに、それぞれの働きをしていながら、バラバラではなく、一つの意志によって統一された、調和のある一つのからだになるのだそうです。
 
 父である神は、ご計画のとおりに、それぞれの肢体として、ある人を使徒として用い、ある人を預言者として用い、教師、奇蹟を行う者、いやしの賜物を持つ者、助ける者、治める者、異言を語る者などとして用いられるのだそうです(エフェソ417、Ⅰコリント122731)。
 
 用いられ方はいろいろですが、身体に一つとして無駄なものはないように、私たちも私たちでなければ埋まらない場として今の場所に置いてくださっており、ご計画のとおりに用いてくださるのだそうです。
 
 イエスの十字架刑での死と、復活によって始まったこの出来事を、すべての人に知って欲しいのだそうですね。天の神、主は。
 
 わたしたちも、その御思いを尋ねながら歩みたいですね。
今日も。