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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

憐れんでくださる神によって

わたしは、ユダの家には憐れみをかけ、
  彼らの神なる主として、わたしは彼らを救う。
 弓、剣、戦い、馬、騎兵によって救うのではない。ホセア書17
 
 これ(神の選び)は、人の意志や努力ではなく、
神の憐れみによるものです。ロマ書916
 
      (ローズンゲン日々の聖句6/4;土)
 
 天の神、主は、なんの善行もない者、救っていただける資格のない者、滅びがふさわしいだけの者を、なお、愛し、憐れんでくださる方。
その救いは、弓や剣、武力によるのではなく、権力によらず、能力によらず、「天の神、主の霊」による(ゼカリヤ46)のだそうです。
 
 独り子の命を贖い代(あがないしろ)として差し出し、憐れみを受け取る者に、妬むほどに愛しておられる方、「聖である霊」と呼ばれる方を派遣されて実現する救いなのだそうですから。
 
 御子イエスが私たち人間のすべての罪を御自身に背負って十字架刑での処刑を受けてくださったのですね。そして、三日目に墓より復活し、40日の間、弟子たちに現れて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを弟子たちに示され、弟子たちが見ている間に上げられ(使徒1:39)、天の、父である神の右の座に帰られた(マルコ1619、ヘブル1012)のだそうです。
 
 このイエスが、父である神の右の座にあって派遣してくださる「聖である霊」と呼ばれる方。
この方の働きで、受け入れる者の心に、父である神の御思いを置き、書きしるしてくださり(エレミヤ31:33、ヘブル8101016)ご自身と一つ思い、一つ心にしてくださる(ヨハネ17:22)のだそうです。
 
 イエスが言われる、「それは、父よ、あなたが私におられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな(わたしたちと)一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです」(ヨハネ1721)の中に入れていただけるのだそうです。
今日も。