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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

いつも、いつまでも一緒に行って下さる方が

疲れた者、重荷を負う者は、
   だれでもわたしのもとに来なさい。
   休ませてあげよう。マタイ11286/5の週の聖句)
 
 モーセは主に言った。
「もし、あなた御自身が行ってくださらないのなら、
私たちをここから上らせないでください。」出エジプト記3315
 
 真理の御霊が来ると、
あなたがたを導いて
真理をことごとく悟らせる。ヨハネ1613
 
      (ローズンゲン日々の聖句6/5;日)
 
 天の神、主は、モーセに、約束の地に民を連れて上れと命じられたとき、モーセに仰ったのだそうです。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう」と。
 
 イエスは、明日は十字架刑での処刑を受けられる、その前夜の夕食の席で弟子たちに仰ったのだそうです。
「わたしが去って行くことは、あなたがたにとっては益なのです。
それは、もしわたしが去って行かなければ、(もうひとりの)助け主があなたがたのところに来ないからです。
 しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします」(ヨハネ167)と。
 
 私たち人間のすべての罪を背負って十字架刑での処刑を受けてくださった方。墓に葬られ、三日目に墓より復活し、40日にわたって弟子たちに現れご自身が生きておられることを弟子たちに示したうえで、オリーブ山から、弟子たちの見ている前で天の父である神の右の座に帰られた方。
そのイエスが派遣して下さる「聖である霊」と呼ばれる方。
 
 いつも、いつまでも受け入れる者とともにいてくださるその方は、柔和で優しい方。心優しく、へりくだっておられる方。受け入れる者を守り、教え、導き、一つくびきに入っている者の重荷を、全部御自身の肩で受けて、私たちの肩にはかからないようにしてくださって、受け入れる者を運んで下さる方なのだそうです(マタイ112930)。
今日も。