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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

「わたしはあなたを祝福する。あなたは祝福となる。」

あなたがたは、
  恵みにより、信仰によって救われました。
 このことは、神の賜物です。エフェソ286/26の週の聖句)
 
 恐れてはならない。
わたしはあなたと共にいる。
わたしはあなたを祝福する。創世記2624
 
 議員や他の者たちは、
ペトロとヨハネの大胆な態度を見、
しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、
また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。使徒413
 
      (ローズンゲン日々の聖句6/26;日)
 
 紀元前2000年頃のこと、天の神、主は、カルデヤのウルにいたひとりの人、アブラハムを選び出し、アブラハムに「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」と言われたのだそうです。
 
 それで、アブラハムは、天の神、主がお告げになったとおりに、往く所を知らないまま、出かけたのだそうです(創世記1214新改訳)。
 
 そして、外国に寄留しているような状態が続いている、アブラハムの息子、イサクにも、「わたしはあなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいる。わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加えよう。わたしのしもべアブラハムのゆえに」と声をかけられたのだそうです(創世記2624
 
 この「祝福となり、すべての民族があなたによって祝福される」という「祝福の器」としての選びは、その子孫たちのそむき、離反によっても変更されることなく続き、この時からおよそ2000年後の、ナザレ出身のあのイエスが十字架刑での処刑を受け取り、墓に葬られ、三日目に墓より復活し、40日に渡って何度も弟子たちに現れて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを弟子たちに示されたうえで、オリーブ山において、弟子たちの見ている前で上げられ、雲に包まれて見えなくなったこと、
 
 そして、イエスが、「わたしが天の父の右の座に帰ったら、あなたがたにもう一人の助け主、「聖である霊」と呼ばれる方を派遣します」との約束のとおりに(ヨハネ14:16)、10日後の五旬節(ペンテコステ)、「律法授与」の記念日に、約束に従って待ち望んでいた120人ばかりの弟子たち一人一人に、「聖である霊」と呼ばれる方が来られたことで完成したのだそうです。
 
「見よ。その日が来る。 ――主のみ告げ―― 
その日、わたしはイスラエルjの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。
わたしはわたしの律法(御思い)を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす」(エレミヤ31:31~33)と、預言者エレミヤを立てて預言し、
「わたしは、あなたがたをきよめ、あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。
わたしの霊をあなたがたのうちに授け、あたしのおきて(御思い)に従って歩ませ、わたしの定めを守り行わせる」(エゼキエル36:25~27)と、預言者エゼキエルをとおして預言されていた、その新しい契約が。
 
 すると、今まで、自分たちも、イエスの弟子だということで捕えられ、投獄されるのではないかと恐れ、隠れていた弟子たちが、大胆に、「50日前に、あなたがたが十字架に架けて殺したあのイエスを、神はよみがえらされました」と、特に、聖書の勉強をしたこともなく、手元に聖書があるわけでもないのに、聖書に書いてある預言者の言葉を引用して語り出したのだそうです(使徒2章)。
「聖である霊」と呼ばれる方が心に置いてくださる、「父である神」と呼ばれる方の御思いのとおりに。
 
 この時以来、「あなたは祝福となり、すべての民族はあなたによって祝福される」との祝福の約束は、血統によるアブラハムの子孫だけにとどまらず、約束とは何の関係もなかった私たち異邦人にもおよび、受け入れる者は、「もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族」としていただけて(エペソ2章)、天の神、主の御思いのとおりに、周りの人を祝福するために用いていただけるのだそうです。
この新しい週も。