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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

イエスがしようと思われることをしていく者に

主よ、
あなたは私の魂を陰府(よみ)から引き上げ、
  墓穴に下ることを免れさせ、
    私に命を得させてくださいました。詩編304
 
 御父は、
私たちを闇の力から救い出して、
その愛する御子の支配下に移してくださいました。コロサイ書113
 
        (ローズンゲン日々の聖句7/2;土)
 
 私たちは、天の神、主と思いを一つにし、心を一つにしていく生き方に留まることをせず、
もっと素晴らしい者に、
「神のひとりのようになり、善悪を知る者になろうとした、
人類の始祖アダムのそむきの性質を引き継いで生まれて来たもの、
天の神、主の「創造の目的」から逸脱し、的外れになってしまっているもの、
その受け継いでいる反逆の性格のゆえに死と滅びに向かって進んでいるものなのだそうです。
 
 それゆえ、はずれてしまっているものとして、ゲヘナエルサレムのごみを焼却していた谷⇒地獄)で、生ごみとして焼却処分にされるはずのものなのだそうですが(マルコ948)、そのような私たち人間を、天の神、主は、なお、慈しんでいてくださって、大切なものと思ってくださって、取り戻そうと計画してくださったのだそうです。
 
 永遠の初めから共におられ、この天地創造、人間の創造を一緒になさった方、御子である方を、約束の「女の子孫」(創世記3:15)、人間イエスとして人の世に派遣し、この方を処刑することで私たち人間のそむきを処罰したことにしてくださったのだそうです。
 
 そして、これを受け取る者を処刑済み、処罰の済んでいるものとして手続きしてくださるのだそうです。
 
 そのうえで、これを受け取る者に、もう一人の方、「聖である霊」と呼ばれる方を派遣してくださって、
この方の働きによって、受け取る者の心にご自身の、わたしたち一人一人に持っていてくださる御思いを置いてくださって、受け取る者がご自身と同じ思いを思い思い、一つ心になるようにしてくださるのだそうです。
 
 それで、これをいただいた者は、天の神、主の、創造の目的である、「われわれのかたちとして、われわれに似せて」(創世記126)という御思いが回復され、イエスが言われる、「それは、父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。わたしたちが一つであるように、彼らも(わたしたちと)一つであるためです」(ヨハネ172122)との、イエスの十字架刑で処刑の死の目的が実現するのだそうです。
 
 「聖である霊」と呼ばれる方は、受け取る者を、御子の支配下にある者、御子イエスと同じ思いを思い、一つ心になり、イエスがその人を通してしようと思われることをしていく者にしてくださり、天の神、主と一つになっている者として、一つ栄光にあずかる者にして下さるのだそうです(ヨハネ1412)。
今日も。