風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

輝かしい冠、王冠のように

あなたがたはもはや、
 外国人でも寄留者でもなく、
  聖なる民に属する者、
   神の家族である。エフェソ書219(7/10の週の聖句)
 
 あなたは主の御手の中で輝かしい冠となり、
あなたの神の御手の中で王冠となる。イザヤ書623
 
 私は、聖なる都、新しいエルサレムが、
夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、
神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。黙示録212
 
      (ローズンゲン日々の聖句7/10;日)
 
 今までは、離反、そむきの罰を受けて「見捨てられている」、「荒れ果てている」と言われていたとしても、これからは、「わたしの喜びは、彼女にある」と呼ばれ、「夫のある国」と呼ばれるようにしてくださるのだそうです。
 
 天の神、主、「私はあるという者である」と名のられる方の喜びがあなたにあり、あなたの国が夫を得るからである。若い男が若い女をめとるように、あなたの子らはあなたをめとり、花婿が花嫁を喜ぶように、あなたの神はあなたを喜ぶ(イザヤ6245)、のだそうですから。
 
 
 私たちは、自分の罪過と罪との中で死んでいた者、
それらの罪の中でこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、じぶんの肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、生まれながら御怒りを受ける者、
この世にあって望みもなく、神もない者でした。
 
 しかし、あわれみ豊かな神は、そのような私たちをなお、愛していてくださり、一方的な恵みによって、罪過の中に死んでいた私たちをキリストとともに生かし、キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ご自分の子、家族として、ともに天のところに座らせてくださっているのだそうです(エフェソ2章)。
 
 そして、やがて実現する、聖なる都、新しいエルサレムを相続する者にもしてくださるのだそうです。
その希望をもって進むのですね。
 
 天の神、主、「私はあるという者」と名のられる方が私たちを喜んでいてくださるように、私たちもこの方を喜ぶ者にしていただき、家族としての交わりを深めながら。
この新しい週も。