風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

能力に応じて、それぞれ、任されているものがあるのだそうです。

すべて多く与えられた者は、多く求められ、
  多く任された者は、さらに多く要求される。ルカ1248
      7/24の週の聖句)
 
 主は民の企てを挫(くじ)かれる。詩編3310
 
 神は、
この力をキリストに働かせて、
キリストを死者の中から復活させ、
天においてご自分の右の座に着かせ、す
べての支配、権威、主権の上に置き、
唱えられるあらゆる名の上に置かれました。エフェソ1:2021
 
      (ローズンゲン日々の聖句7/24;日)
 
 天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のよう、なのだそうです。
彼は、おのおのその能力に応じて、一人には5タラント、ひとりには2タラント、もうひとりには1タラントを預けたのだそうです。
 
 よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、清算をしたところ、5タラント預かったものは、もう5タラントもうけ、2タラントの者はもう2タラントもうけけましたと差し出したので、主人は、「よくやった、良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ」と言ったのだそうです。
 
 1タラント預かっていた者は、「ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。
私はこわくなり、出て行って、あなたの1タラントを地の中に隠しておきました。
さあどうぞ、これがあなたの物です」と差し出したので、
主人は、「だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば、利息が付いて返してもらえたのだ」と怒り、その1タラントを取り上げ、10タラント持っている者に与えた、というのですね(マタイ251430)、〔1タラントは6000デナリ、仮に1デナリ(労働者の1日分の給料)を1万円とすると6000万円〕。
 
 天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方は、私たち一人一人に、その能力に応じて、いろいろなものを任してくださっていて、それを、みんなの益のために用いるようにと思っておられるようです。
 
 けれども、私たちは、この1デナリを預かったしもべのように、主人の意向をくまないで、自分の理性の判断だけで行動し、自分の欲のままに、自分かってな計画を立てるばかりの者なのですね。
 
 天の神、主は、すべての人間の、「神の一人のようになり、善悪を知る者」になっている責任のすべてを引き受けて、十字架刑で処刑されたイエスを、死者の中からよみがえらせ、天使たち、悪霊たち、すべての名の上に高く置かれているのだそうです。
 
 それで、このイエスが派遣してくださる「聖である霊」と呼ばれる方をお迎えし、この方によって、イエスに、「私の道を申し上げて」知っていただきながら、イエスの「仰せられる道」を、イエスと心を合わせて走る者になって欲しいと思っておられるようです(詩篇1192532)。
この新しい週も。