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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

慈しみに囲まれ、喜びが満ち満ちて

主に信頼する者は
   慈しみに囲まれる。詩編3210
 
 願いなさい。
そうすれば与えられ、
あなたがたは喜びで満たされる。ヨハネ1624
 
 申命記42740
 マルコ7123
      (ローズンゲン日々の聖句8/6;土)
 
 天の神、主は、ご自身に信頼して来る者を恵みと慈しみで取り囲み、
喜び、楽しませて下さるのだそうです。
 
 イエスが十字架刑で死刑になってくださった死を、「生まれたときからの霊」という自分自身の死としていただき、イエスと一つにしていただいている者として、イエスの名によって「父である神」に願うなら、受けることができ、喜びが満ち満ちたものにしていただけるのだそうです。
 
 イエスは言われます。
「してみると、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。
とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう」(ルカ1113)と。
 
 天の神、主、「わたしはある。わたしはあるという者」と名乗られる方は、私たちが、「神のひとりのようになり、善悪を知る者になろう」創世記3522)として、ご自分に対抗し、そむく者となっている、その「生まれたときからの霊」という自分自身を、イエスの十字架刑での処刑に合わせて処刑されたものとし、このイエスを通して来てくださる「聖である霊」と呼ばれる方をお迎えして、この方によって、御自身と同じ思いを思い、一つ心になり、一つ行動をし、一つ存在になって欲しいと願っておられるのだそうです(エレミヤ3131~34、エゼキエル362531)。
聖である霊」をお迎えして、この方によって生きていって欲しいと。
 
 人間が付け加えた言い伝え、宗教によっては、どうにもできない人の心の内側(マルコ7123)をこの方によって取り替えていただき(ヨハネ3:1~8、ロマ12:1~2)、
天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方を慕い求め、心を尽くし、精神を尽くして、この方の御思いを求め、
幸せになり、長く生き続けるようにと(申命記4:27~40)。
今日も。
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