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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

圧倒する背きの罪を引き受けてくださって

罪の数々が私を圧倒します。
  背いた私たちを、あなたは贖(あがな)ってくださいます。詩編654
 
 徴税人は遠くに立って、
目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。
「神様、罪人の私を憐れんでください。」ルカ1813
 
 マルコ124144
 エレミヤ14116
    (ローズンゲン日々の聖句9/10;土)
 
 私たちは、造り主を認めず、
自分で存在できている者であるかのように思い、
はなはだしく、背信の罪を犯している者です(エレミヤ147)。
 
 イエスが、自分を義人だと自任し、他の人々を見下している人に対して話したたとえですが、
心の中で、
「神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、
ことにこの取税人ようではないことを感謝します。
私は週に二度断食し、自分の受ける者はみな、その十分の一をささげております」と祈ることができた、
まじめに生きて、宗教にも熱心な努力家ではなく、
遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、胸を打ちたたいて
「神さま。こんな罪人の私を憐れんでください」と言うしかない、
みんなから嫌われ、のけ者にされている人が、神から義と認められて帰ったというのですね。
 
「だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高く」していただけるのだそうです(ルカ1814)。
 
 
 イエスは、また、大金を献金している多くの金持ちの人たちとレプタ銅貨(100円玉くらい?)二つをささげたひとりの貧しいやもめを見て言われたのだそうです。
「まことに、あなたがたに告げます。
この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。
みなは、有り余る中から投げ入れたのに、
この女は、乏しい中から、あるだけ全部、生活費の全部を投げ入れたからです」(マルコ124144)と。
 
 
 天の神、主、「わたしはある」という者と名乗られる方は、私たちの心を見ておられる方のようです。
本心で、二心ではなく単一な心になって、神の前に出て行くことを喜ばれるようですね(ヤコブ48)。
 
 圧倒するような私たちのそむきの罪を、ご自分に引き受けて、
私たちに代わって処罰されてくださり、
受け入れる者に、新しい霊、「聖である霊」と呼ばれる方を派遣してくださって、
受け入れる者の心の思いを一新して、
新しく生きるようにしてくださるのだそうですから(ロマ122)。
ご自身の御思いのように。
今日も。
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