読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

喜び歌うのだそうです。叫び声をあげて。

シオンに住む者よ、
  叫び声をあげ、喜び歌え。
 イスラエルの聖なる方は
   あなたたちのただ中にいます大いなる方。イザヤ126
 
 私たちすべてのために、
その御子をさえ惜しまずに死に渡された方は、
御子と一緒にすべてのものを
わたしたちに賜らないはずがありましょうか。ロマ832
 
 マタイ5212
 ロマ32128
 Ⅱコリント61171
      (ローズンゲン日々の聖句1031;月、宗教改革記念日)
 
 聖なる方、大いなる方が、私たちのただ中にいてくださるというのですね。
それで、私たちは、喜びの叫び声を上げるようになる、と。
 
 罪ある者が聖なる方の前に出るとき、罪ある者は滅びてしまうのだそうです。
けれども、天の神、主、「わたしはある」という者と名乗られる方は、
私たち人間を惜しみ、
なお、ご自分と思いを同じくし、心を一つにし、行動を共にし、存在を一つにする者、
共に一緒にいるものに回復しようとしていてくださるのだそうです。
 
 それで、御子である方を、人間イエスとして人の世に派遣され、
この方がおよそ33歳の頃、この方を私たちすべての人間の身代わりとし、
すべての人間のすべての罪をこの方に背負わせて処刑し、
私たち人間の罪を処罰済みとしてくださるというのですね。
 
 それで、律法を行うことによっては、義と認められない私たちも、
私たちに代わって、このイエスが十字架刑での処刑を受けてくださったことによって、
それを私のこととしていただくことによって、
エスの義をいただき、
聖である方と共にいることができる者にしていただけるのだそうです。
 
イエスの義をいただいた者に、イエスは、もう一人の方、「聖である霊」と呼ばれる方を派遣してくださって、この方によって、受け入れる者の心に、「父である神」が私たちひとり一人に思っていてくださる御思いを置いてくださるので、この部分において、受け入れる者は「父である神」と同じ思いを思い、一つ心となり、「父である神」がしようと思われることをしていく者にしていただけるのだそうです。
 
 それで、この出来事を受け取った者は、叫び声をあげ、喜び歌うようになるのだそうです。
御子イエスと一緒にすべてのものをいただいている者として。
今日も。
イメージ 1