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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

驚くべき御業を受け取って

来て、神の御業を仰げ、
  人の子らになされた恐るべき御業を。詩編6651/29の週の聖句)
 
 神よ、わたしの若い時から、
あなた御自身が常に教えてくださるので、
今に至るまで私は、
驚くべき御業を宣べ伝えて来ました。詩編7117
 
 私を強くしてくださった、
私たちの主キリスト・イエスに感謝しています。
この方が、私を忠実な者と見なしてくださったからです。Ⅰテモテ112
 
 マルコ4:3541
 (通読箇所)詩編9
    (ローズンゲン日々の聖句1/29:Ⅴ日)
 
 天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方の御業、
イエスの弟子のヨハネは、そのみわざをいちいち書きしるすなら、世界もそれを入れることができないだろうと書いています(ヨハネ2125)。
 
 私たち人間の創造。
そして、私たちの住まいとして、私たちが喜び、快適に過ごすようにと用意してくださったこの天地、宇宙、地球のこの自然環境の創造。
 
 また、多くの民の中からご自分の民としてのイスラエル民族の選び。
その民を超自然的な御業によってエジプトから脱出させられた御業。
 
 また、紀元70年、ローマ軍によってエルサレムを徹底的に破壊し、残りの民を世界に離散させられながら、2000年、なお、民族としてこれを保ち、今、約束の地に国を再建させ、預言の言葉のとおりに世界中から民を帰らせておられること、など、など、など。
 
 使徒パウロは言うのですね。
「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」と。
そして「神をけがす者、迫害する者、(イエスの弟子たちに)暴力を振るうものであり、罪人のかしらのような私を憐れみ、その罪を赦し、さらに、使徒に任命し、異邦人イスラエル民族以外の人たち)にイエスの出来事を伝える者として、強くしてくださり、用いてくださった」(Ⅰテモテ11215)驚くべき御業と。
 
 イエスが、荒れ狂い、舟を飲み込もうとするガリラヤ湖の嵐に、「黙れ、静まれ」と言われると、風はやみ、大なぎになったのだそうです。
それで、舟に乗っていた弟子たちは、「風や湖までが言うことを聞くとは、いったいこの方はどういう方なのだろう」(マルコ43941)と驚いたのだそうです。
 
 神の御子である方。
その方は天使の万軍に号令し、これを意のままに動かされる(ルカ78)方なのだそうです。
その方が、その天の栄光の座を後にして、人となって人の世に来られること、それ自体が驚くべきことなのだそうです。
 
 それなのに、その方が人間の手にかかって十字架刑で処刑される。
それはまさしく、「目がみたことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの」(Ⅰコリント29)だったのですね。
 
 それで、この世の支配者は誰一人、サタンでさえもこのことを悟らず、神の御子、栄光の主である方、イエスを十字架刑で処刑したようです。
 
 けれども、このイエスを十字架につけて処刑することが、「サタンが〔女の子孫〕と呼ばれる方のかかとに噛みつき、サタンの頭が踏み砕かれる」(創世記315)出来事であったのだそうです。
 
 〔父である神〕が御子イエスを十字架につけられるのを許すこの出来事は、天使の万軍もかたずを飲んで見守り、驚き、仰天するような出来事だったのだそうです。
 
 さらに、〔父である神〕は、ご自身が「ねたむほどに愛しておられる方」、〔聖である霊〕と呼ばれる方(ヤコブ45)を受け入れる者に派遣してくださるのだそうです。
聖である神が罪人の私たち人間の中に来られる、
これも、天使たちから見れば考えられない、ありえないような、驚くべき出来事なのでしょうね。
 
 天の神、主は、そのあり得ないような出来事、〔聖である霊〕と呼ばれる方によって、受け入れる者の心にご自身の、ひとり一人に思っておられる御思いを置き、書きしるして、受け入れる者がご自身と同じ思いを思い、一つ心になって生きるようと私たちに願ってくださっているのだそうです。
こ新しい週も。
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