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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

自由人として、今日を

主は私の支えとなり、
私を広い所に導き出してくださる。サムエル記下221920
 
 主の霊のおられるところに
自由があります。 Ⅱコリント317
 
 ロマ書61218
 レビ記19118(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句3/111 ~18
 
 天の神、主は、いと高きところから私たちを捕え、大水から引き上げてくださるのだそうです。
私たちよりも強い敵、私たちを憎み、
わざわいをあたえようとするものから。
私たちを支え、自由で安全なところへ。
私たちを喜びとされて。
 
 私たちは自由のない者でした。
私たちには、自分の思う通りに生きていけない面があります。
パウロが言うように、
「自分のしたいことをしないで、したくないことをしている、
自分でしたいと願う善は行わないで、したくない悪を行っている」(ロマ71519)ところが。
 
 天の神、主は、そのような罪の奴隷となっている私たちを自由人としてくださるのだそうです。
主の霊、〔聖である霊〕と呼ばれる方がおられるところには自由があるのだそうですから。
 
 この、〔聖である霊〕と呼ばれる方が、私たちのところに来てくださっても大丈夫なように、
まず、御子である方が、天の栄光の座を後にして、人となって、人の世に来てくださり、
私たちのそむきの責任をご自分に引き受け、
十字架刑での処刑を受けてくださって、
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を、処刑済みのもの、死んだものとしてくださり、
〔聖である霊〕と呼ばれる方が来られても、私たちが罰を受けて滅びないで済むようにしていてくださるのだそうです。
 
 この〔聖である霊〕と呼ばれる方を受け入れ、お迎えした者は、この方によって、〔父である神〕の御思いを心に置いていただけて、〔父である神〕と一つ心にしていただけるという、新しい契約(エレミヤ313134、エゼキエル362532、Ⅱコリント36)の中にいる者としてくださり、
自由人として、新しい霊によって生きる者、死者の中から生かされた者として、自分自身とその手足を義の器として神にささげ、神に使っていただく者としてくださるのだそうです。
 
 天の神、主は、私たち一人一人をとおして、しようと思っておられるご計画があり、それぞれを今置かれている状況の中に派遣しておられるのだそうです。
〔聖である霊〕と呼ばれる方が心に置いてくださる〔父である神〕の御思いに従って踏み出していくなら、天の神、主がしようとしておられることをしていく者になるのですね。私たち。
主の御業の中に、今日も。
 
 
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