読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

始められた善い業を完成してくださるのですね。必ず。

(すき)に手をかけてから後ろを顧みる者は、
神の国にふさわしくない。ルカ9623/19の週の聖句)
 
 あなたの神、主は憐れみ深い神であり、
あなたを見捨てることも
滅ぼすこともない。申命記431
 
 パウロの手紙:
あなたがたの中で善い業を始められた方が、
キリスト・イエスの日までに、
その業を成し遂げてくださると、
私は確信しています。フィリピ書16
 
 ルカ95762
  詩篇10(通読箇所)
(ローズンゲン日々の聖句3/19:Ⅲ日)
 
 私たちは、天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方から、「さあ、人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて」(創世記126新改訳)と望まれて創造されたものなのだそうです。
 
 そして、その出来ばえは「非常に良かった」のだそうです(創世記131)。
最初の人、アダムとエバは、エデンの園に置かれ、何不自由のない、豊かな生活をしていたようですが、サタンの、「あなたがたは、神のようになれますよ。善悪を知る者、善悪を自分一人で決定できる者になれますよ」との誘いにのって、
神の「われわれのかたち」、〔父である神〕と〔御子である神〕、〔聖である霊〕と呼ばれる神が、自由意思で、愛し合うゆえに、心を一つにし、思いを一つにし、行動を一つにし、存在を一つにしていらっしゃる、その一つの中にいるよりも、
自分一人で善悪を決定する、そして、他を、神さえも、自分の善悪の判断の決定に従わせようとする者になったのだそうです(創世記3521)。
神をさえも、その善し悪しを判断し、取捨選択し、自分で作り出す者に。
そして、この性質は、ずっと、すべての人間に、現在の私たちにまで遺伝し続けているのだそうです。
 
 陶器師は、出来ばえの気に入らない作品は、遠慮なく、石にたたきつけて砕いてしまいます。
けれども、天の神、主は、あわれみ深い方。
そのような、創造の目的からずれ、「的はずれ」に、出来そこないになった私たち人間を、なおも愛し、惜しんで、御自身と一つになる者へと回復する計画を立てておられたのだそうです。
 
 その計画に従って、〔御子である神〕が、天の栄光の座を後にして、人間イエスとして人の世に降り、
私たち、すべての人間の身代わりになり、
すべてのそむきの責任を取って、反逆罪で、十字架刑での処刑を受けてくださったのだそうです。
 
 それで、このイエスの身代わりを受け取り、
イエスの死を自分の死としていただく者は、
私たち自身である〔生まれたときからの私〕という霊を、処刑されたもの、死んだものとしていただけるのだそうです。
すべての〔的はずれ〕の処罰が終わった者と。
 
 そのうえで、受け入れる者に、もう一人の助け主、〔聖である霊〕と呼ばれる方が来てくださって、
受け入れる者の心に、〔父である神〕が一人一人に思っていてくださる御思いを置き、書きしるしてくださるので、
受け入れる者は、この部分において、〔父である神〕と同じ思いを思う、心を一つにする者としていただけ、
この思いによって行動するとき、私たちは神がしようと思われることをしていく者となり(ヨハネ1412)、
神と行動を一つにする者としていただけるのだそうです(ヨハネ172123)。
イエスが、「わたしがわたし自身からは何事もせず、ただ、父がわたしに教えられたとおりに、これらのことを話している」(ヨハネ8284950)と仰っておられるように。そのイエスと〔父である神〕との関係に似せられていくのですね。
イエスと同じ身丈にまでも(エペソ413)。
 
 天の神、主は、その、始められた善い業を成し遂げ、完成してくださるのですね。
キリスト・イエスの日、
イエスが受け入れる者を迎えに来てくださる(ヨハネ143、Ⅰテサロニケ416)その日までに。必ず。
この新しい週も。
 
 
 
イメージ 1