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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

希望があるのだそうです。私たちの未来にも。

一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。
だが、死ねば、多くの実を結ぶ。ヨハネ12243/26の週の聖句)
 
 あなたの未来には希望がある、と主は言われる。エレミヤ書3117
 
 近所の人々や、
彼が物乞いであったのを前に見ていた人々が、
「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」
と言った。ヨハネ98
 
 ヨハネ122026
 詩編84(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句3/26;日)
 
 一粒の麦が地に落ちて死ぬことで、多くの実を結ぶように、イエスは、ご自分のからだを差し出し、預言のとおりに十字架刑で処刑され、死ぬことによって、多くの新しいいのちが生きる道を開かれたのだそうです。
 
 私たちも、自分のいのちを愛し、自分をどこもまでも保とうとするならば、このイエスの死による救いを不要なものとして無視し、結果として自分を滅ぼし、そのいのちを失うことになるのだそうです。
 
 しかし、もし、自分のいのち、
[「神のひとりのようになり、善悪を知る者」(創世記3522)になっている〔生まれたときからの私〕という霊]は、
造り主である神に逆らい、自分を滅びに至らせてしまう、自分を不幸にするものであることを知って、その自分を憎む者は、
イエスの十字架刑での処刑に、その自分を重ね合わせて、処刑が終わっているものとしてくださる、〔父である神〕からのプレゼントを受け取ることによって、永遠のいのちをいただく、受け取る者になるのだそうです。
 
 私たちも、私たち自身である〔生まれたときからの私〕という霊を、一粒の麦のように、死んだものとしていただくなら、
新しい霊として、〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣していただけて、
この方によって、
〔父である神〕を愛し、
〔父である神〕の御思いのように生きたいと願うようになり、
〔父である神〕の御思いを心に置いていただけて、
〔父である神〕と思いを一つにして、
〔父である神〕が私を通してしようと思っておられることをしていく者にしていただけるのだそうです。
 
 それで、私たちも、あの、イエスに見えるようにしていただいた、生まれつき目が見えなかった人のように(ヨハネ9138)、
イエスの御思いについて行く者となり、
家族や近所の人など、自分のことをよく見、知っている人たちに、イエスの御業の証拠となり、
多くの新しいいのちを起こしていく者ともしていただけるようです。
 
 私たちの未来には、希望があるのですね。
ひとりの女が一人の男に嫁ぐように(エレミヤ3122)、
天の神、主と一つになる関係に入れていただき(創世記126、ヨハネ172123)、
「万軍の主。
あなたのお住まいは、なんと、慕わしいことでしょう。
私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。
私の心も、身も、生ける神に喜びの歌をうたいます」(詩篇8412新改訳)と歌う者にしていただけるのだそうですから。
この新しい週も。
 
 
 
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