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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

絶え入るばかりに恋い慕って

あなたの庭で過ごす一日は

千日にまさる恵みです。詩編84:11

 

 イエスの言葉:

わたしは門である。

わたしを通って入る者は救われる。

その人は、門を出入りして牧草を見つける。ヨハネ10:9

 

 ヨブ記42:7~13(14~17)

 コロサイ書1:24~29(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句4/25;火)

 

 詩人はうたいました。

「万軍の主。あなたのお住まいは、なんと、慕わしいことでしょう。

私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。

私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います」(詩篇84:1~2新改訳)と。

 

 それで、「主の大庭にいる一日は家にいる千日にも勝る」というのですねよ。

愛はそのように、愛する方のそばにいたい、一緒にいたいと願う者のようです。

 

 イエスはご自分のことを門にたとえられました。

イエスを通って私たちは天の神、主の御許に出入りし、

天の神、主からの豊かな恵みにあずかるようになるのだそうです。

 

 ヨブが、身に覚えのない苦難に遭ったとき、

私は潔白だ。私は自分の身の潔白を神と議論したいと心の真実を述べて神にすがりつき、

神から、真実を述べたものと認めていただき、

その繁栄を2倍にして返していただいたように(ヨブ42:7~13)。

 

 私たち、神の民でなかった者も、

私たちの〔的はずれ〕の責任を、私たちに代わってご自身に背負ってくださって十字架刑での処刑を受けてくださったイエスによって、

 

そして、墓に葬られ、三日目の日曜日の早朝、死人の中から新しい霊のからだに復活され、

40日に渡って何度も弟子たちに現れて神の国について語ったのち、

弟子たちのみている前で、オリーブ山から天の父である神の右の座に帰られたイエスが

受け入れる者に派遣してくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方のとりなしによって、

自由に〔父である神〕の御前に出入りし、

その栄光を仰ぎ見、この方と思いを一つにする、

千日にも勝る一日、一日を過ごさせていただけるのだそうです。

今日も。

 

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