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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

羊は、羊飼いの声を聞き分け、

わたしは良い羊飼いである。

わたしに羊はわたしの声を聞き分ける。

わたしは彼らに永遠の命を与える。ヨハネ10:27~28(4/30の週の聖句)

 

 低くされた私たちを、御心に留めた方に感謝せよ。

慈しみはとこしえに。詩136:23

 

 もし、子があなたたちを自由にすれば、

あなたたちは本当に自由になる。ヨハネ8:36

 

 ヨハネ10:11~16(27~30)

 詩23(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句4/30;Ⅴ日)

 

 イエスは、人々を羊に、ご自身のことを羊飼いにたとえられたのですね。

羊飼いにも良い羊飼いと悪い羊飼いがあって、

雇われ羊飼いで、羊のことを大切に思っていないで、オオカミが来ると羊を置き去りにして逃げ出してしまうような羊飼いもいれば、

羊の持ち主で、羊のことを大切に思い、羊のために命も捨てる羊飼いもいるのだそうです。

 

 良い羊飼いは、羊を一匹一匹、名を呼んで連れ出し、先頭に歩いて行くと、羊は、自分の羊飼いの声を知っているので、自分の羊飼いの声を聞き分け、トコトコと羊飼いの後をついて行くのだそうです。

 

 羊のために命も捨てる良い羊飼いであるイエスは、私たちのために十字架刑での処刑を受けてくださって、自分の命を差し出し、私たちに永遠の命を与えようとしていてくださるのだそうです。

 

 私たちは、恵みを受けるとか、あわれみを受けるとかいうことは嫌いで、自分で、自分の力で生きて来たように思っています。

しかし、困難や行き詰まりに遭い、自分の力の限界を経験し、あるいは、自分の心の汚さに気がついて、心を貧しく、低くされた時、天の神、主が、イエスによって差し出していてくださる恵みのプレゼントがありがたく感謝なことになるのですね。

 

 そして、罪の奴隷であった者も、

神の独り子であるイエスが解放してくださるなら自由の身になれるのだそうです。

 

 このようにしていただいた者はうたうのですね。

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

主は私のたましいを生き返らせ、聖名のために、私を義の道に導かれます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私は災いを恐れません。

あなたが私とともにおられますから。

あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油を注いでくださいます。

私の杯は、あふれています。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追ってくるでしょう。

私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。(詩篇23篇新改訳)と。

この新しい週も。

 

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