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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

あなたの思い煩いを知らせてほしいのだそうです。あの方。

見よ、イスラエルを見守る方は、

まどろむことなく、眠ることもない。詩編121:4

 

 思い煩いは何もかも神にお任せしなさい。

神が、

あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。Ⅰペテロ5:7

 

 ヨハネ14:1~6

 コロサイ書4:7~18(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句5/6;土)

 

 私たちの助けは、

天地を造られた主、「わたしはあるという者」と名乗られる方から来るのだそうです。

主は私たちの足をよろけさせず、

まどろむことなく、

私たちを出て行くにも帰るにも守っていてくださる方なのだそうですから。

 

 だから、私たち、自分の力だけで何とかしなければならないと思い込んで頑張り、思い煩う者ですけれど、

目を上げ、この方を見上げて、

この方に相談し、問題を申し上げて知っていただき、見ていただきながら出て行くといいのだそうです。

天の神、主は、ちょうど良い時に助けを現してくださるのだそうですから。

 

 使徒パウロは、(今のトルコにある)コロサイの町の信仰の仲間に宛てた手紙で、自分の問題や状況を書き送っていますが(4:7~18)、

私たちも、天の神、主に差し出す出来事として、天の神、主によって生きている仲間にも差し出し、知ってもらうことが、主に差し出すことが具体的な出来事となるようです。

 

 イエスは、十字架に架かられる前夜、弟子たちに言われました。

「あなたがたは心を騒がしてはいけません。神を信じ、また私を信じなさい」(ヨハネ14:1)と。

 

心騒がせる、神を信じられなくなるような状況に出遭って、私たちは、神に信頼することを訓練されるようです。

 

 私たち、最終的には、イエスが備えに行っていてくださる天の父の家の住まいに、イエスと一緒にいるようにしていただけるのだそうですね(ヨハネ14:2~6)。

 

 私たちの身代わりになり、私たちに代わって十字架刑での処刑を受けてくださり、

三日目の日曜日の早朝、死人の内より新しい霊のからだに復活し、

40日に渡って弟子たちに何度も現れ、神の国のことを語ったのち、

オリーブ山から、弟子たちのみている前で、天の〔父である神〕の右の座に帰られたイエスは、

私たちを迎えに、また、来てくださるのだそうですから。

 

 だから、安心して、心騒ぐ出来事を〔父である神〕に差し出し、知っていただき、見ていただくことで、〔父である神〕と心が通じ合い、思いを一つにしていく練習をしていればいいのだそうです。

今日も。

 

(昨日の分ですが、)

どこかの町に貧しい同胞が一人でもいるならば、

その貧しい同胞に対して心をかたくなにせず、

手を閉ざすことがあってはならない。申命記15:7

 

 世の富を持ちながら、兄弟が必要な物に事欠くのを見て、同情しない者があれば、どうして神の愛がそのような者の内に留まるでしょう。Ⅰヨハネ3:17

 マタイ26:30~36

 コロサイ書4:2~6(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句5/5;金祝)

 

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