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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

いかにもおいしそうで、目を引き付けても

女が見ると

その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、

賢くなるように唆(そそのか)していた。創世記3:6

 

 人は、

たとえ全世界を手に入れても、

自分の身を滅ぼしたたり、失ったりしては、

何の得があろうか。ルカ9:25

 

 Ⅰコリント14:6~9、15~19

 使徒2:14~28(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句5/18;木)

 

 天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方は、

人間を創造するのに先立ち、

まず、人間の住まいを用意されたのだそうです、

 

 天地を創造し、光を造って光とやみとを区別され、

大空を造って大空の下の水と上の水を区別され、

天の下の水をひとところに集めて、海と陸とを分けられ、

地に、種類にしたがって、植物を生じさせ、

太陽と月と星を造り、地上を照らさせ、昼と夜、季節のしるしとし、

種類にしたがって、水の中の生き物を造り、

種類にしたがって、地の上の生き物を造られ、

用意万端、整ったところで、

「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。

彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配(統治)するように」(創世記1:1~26新改訳)と。

 

 そして、人を、エデンの園に置き、何不自由なく暮らし、ご自身と親しく交わる者とされたのだそうです。

 

 園の中央には、いのちの木と善悪の知識の木を生えさせ、

この善悪の知識の木については、

「この木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ」仰せられたのだそうです(創世記2:7~17)。

 

 けれども、サタンである蛇は、

「あなたがたは決して死にません。

あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、

あなたがたは神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです」と女を唆(そそのか)したのだそうです(3:4~5)。

 

 「神のようになり、善悪を知るようになる」ことは、

神がおっしゃる「われわれのかたちとして、われわれに似せて」よりも、

いかにも魅力的で、好ましく思えるのですね。

 

 それで、造り主である神に相談することなく、自分の判断でこれを食べ、

人は、「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって(3:22)、

今日の私たちにまで及んでいるのだそうです。

 

 その私たち人間を、造り主である天の神、主は、

「われわれのかたち、われわれに似せたもの」、

「わたしたちが一つであるように、彼らも一つである」(ヨハネ17:22)者に回復しようとして、

〔御子である神〕が、「女の子孫」(創世記3:15)として人の世に来られ、

私たちすべての人間の身代わりとなって十字架刑による処刑を受けてくださり、

私たちの、この「神のひとりのようになり、善悪を知る者」になっている〔生まれた時からの私〕という霊を処刑されたもの、死んだものとしてくださるのだそうです。

 

 そして、この死を受け取った者に、もう一人の方、〔聖である霊〕と呼ばれる方が来てくださって、

〔父である神〕が私たち一人一人に思っておられる御思いを、心に置いてくださるので(エレミヤ31:33~34、エゼキエル36:25~28)、

受け入れる者は、この部分において、〔父である神〕と一つ思いとなり、

〔父である神〕がしようと思われることをしていく者にしていただけるのだそうです(ヨハネ14:12)。

 

 〔聖である霊〕と呼ばれる方が働かれる時、私たちは、他の言葉(異言)で語ることが多いのですが(使徒2:4)、

そうすると、死んだものと手続されている、「神のひとりのようになろう」とする〔生まれた時からの私〕という霊も解放され、元気になり、

異言を語れる自分を誇ったり、他の人よりもよく異言を語ろうとして競い合ったり、霊的な高揚を求めたりするようにもなりがちなのですね。

 

 けれども、それは、いかにも好ましく、自分が信仰深く、霊的に素晴らしい者になったかのように思えても、

天の神、主と思いを一つにしていく方向とは外れた、

死ぬはずの〔生まれた時からの私〕という霊の出来事、自分の身を滅ぼす出来事のようです。

 

 それで、天の神、主は、使徒パウロをとおして、

集まりの中では、異言の解き明かしが伴わない場合は、異言で祝福や感謝、奨めをしたりするよりも、

知性の言葉で語るようにと勧めているようです(Ⅰコリント14:15~19)。

 

 ペテロが、ペンテコステの時、物音を聞いてかけ集まって来た多くの人に、〔聖である霊〕と呼ばれる方によって、その人たちの分かる言葉で、分かるように順序良く話したように(使徒2:14~)。

私たちも。

今日も。

 

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