風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

偉くなりたい者は、皆に仕える者に

災いだ、悪事を謀る者は。
彼らはそれを行う。
力をその手に持っているからだ。
ミカ書2:1

 イエスは一同に言われた。
「異邦人の間では、
支配者と見なされている人々が民を支配し、
偉い人たちが権力を振るっている。
しかしそうではなく、
あなたがたの中で偉くなりたい者は
皆に仕える者になりなさい。
マルコ10:42~43

 Ⅰテサロニケ4:13~18
 ゼカリヤ書9:9~12(通読箇所)

   (ローズンゲン日々の聖句12/16;土)

 この、人間の歴史を見てみると、
私たち、天の神、主との、心を一つにしていく関係を嫌い、
「神のひとりのようになり、善悪を知る者」になって、
神の御住まいの上に自分の座を置こうとしている者は、
力を持ち、人を支配する立場になると、
良いものを独り占めしたくなり、
悪事を謀り、行うようになってしまうようです。

 イエスは、弟子たちの間で
「偉くなりたい者は皆に仕える者になりなさい。
人の先に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい」
と言われたのだそうです。

 私たちの生が、この地上の生だけで終わるものではなく、
私たちを創造された方の前で、
どのように生きたかの清算をする時が来るのだそうですから。

 イエスは、最初の来臨のとき、
柔和な王として、
ろばの子に乗ってエルサレム入場され(ゼカリヤ9:9、マタイ21:1~11)、

 二度目には、
天使の号令と神のラッパの鳴り響く中で、
天の雲に乗って来られ、
ご自分につく者を一瞬にして霊のからだ、復活のからだに替えて、
天に引き上げ、
いつまでもご自分と共にいる、
ご自分のいる所に一緒にいるようにしてくださるのだそうです18」(Ⅰテサロニケ4:13~18)。

 そして、三度目に来られるときには、
「戦車を、軍馬を絶やし、戦いの弓も絶たれ、
諸国の民に平和を告げられ(ゼカリヤ9:10、黙示録20:1~3)、
各自の行いに応じてさばきをなさるのだそうですから(黙示録20:12)。

 その、イエスが派遣してくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方は、
受け入れる者の心に、
エスの「皆に仕える」思いも置いてくださるのだそうですから。
今日も。

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