風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

打ち砕かれた心、貧しくされた霊の人と共にいてくださり

わたしは、高く、聖なる所に住み、
打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり、
へりくだる霊の人に命を得させ、
打ち砕かれた心の人に命を得させる。
イザヤ書57:15

 貧しい人は福音を告げ知らされている。マタイ11:5

 Ⅰヨハネ4:11~16a
 ヨハネ1:9~13(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句12/29;金)

 いと高く、聖なる所に住んでおられる方が、
また、心打ち砕かれてへりくだる人と共にいてくださるのだそうです。
へりくだっている人の霊を生かし、
砕かれた心の人を生かすために。
それで、福音、
エスによる喜ばしい音信は、
心の貧しい人に告げ知らされているのですね。

ヨハネは、手紙に書いています。
 愛する者たち。神がこれほどまでに、
私たちの罪のために、なだめの供え物として
御子である方を人の世にお遣わしくださり、
この方を十字架刑で処刑し、
〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣してくださり、
私たちにいのちを得させてくださったほどに、
私たちを愛してくださったので、
私たちも、また、互いに愛し合うようになります、と。

いまだかって、だれも神を見た者はありません。
もし私たちが互いに愛し合うなら、
神は私たちのうちにおられ、
神の愛が私たちのうちに全うされるのです。
神は私たちに御霊を与えてくださいました。
それによって、私たちが神のうちにおり、
神も私たちのうちにおられることがわかります。

 私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、
今そのあかしをしています。
だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、
神はその人の内におられ、
その人も神のうちにいます。
私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。
神は愛です(Ⅰヨハネ4:10~16新改訳)、と。


すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。
この方はもとから世におられ、
世はこの方によって造られたのに、
世はこの方を知らなかった。
この方はご自分のくにに来られたのに、
ご自分の民は受け入れなかった。

 しかし、この方を受け入れた人々、
すなわち、その名を信じた人々には、
神の子どもとされる特権をお与えになった。
この人々は、血によってではなく、
肉の欲求や人の意欲によってでもなく、
ただ、神によって生まれた(ヨハネ1:9~13)のだそうですから。

 

十字架刑での処刑を受け、
墓に葬られ、
三日目に死人のうちより、新しい霊のからだによみがえり、
天の、〔父である神〕の右の座に帰られたイエス

 

そのイエスが派遣してくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方。
この方が、受け入れる者の心に、
〔父である神〕が私たち一人一人に思っておられる御思いを置いてくださるのだそうです。
それで、これを受け入れる者、
心打ち砕かれ、心を貧しくされた者は、
〔父である神〕と思いを同じにし、心を一つにして生きる、
新しい生をもらい、受け取り、
この新しい生を生きていくようになるのだそうです。

今日も。