風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

心の悪を洗い去り、捨て去って

あなたの心の悪を洗い去って救われよ。
いつまで、あなたはその胸に、
よこしまな思いを宿しているのか。
エレミヤ書4:14

 あらゆる汚れやあふれるほどの悪を
素直に捨て去り、
心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。
この御言葉は、
あなたがたの魂を救うことができます。
ヤコブ書1:21

 ロマ書6:12~18
 申命記34:1~12(通読箇所)

(ローズンゲン日々の聖句2/24:土)

 私たちは、その胸に、よこしまな思い、
天の神、主に対抗し、
天の神、主のひとりのようになり、
自分の理性の判断で善悪を決めていく者になろうとする思いを持つ者なのですね。

 これは、どんな洗剤を使っても、
どんな漂白剤を使っても
洗い去ることはできないのだそうです。
〔生まれたときからの私〕という霊から、噴き出して来る思いなのだそうですから。

 だから、洗い去るためには、その、出所である
〔生まれたときからの私〕という霊を、殺すしかないのだそうです。

 それで、神の〔御子〕である方が人となって人の世に来てくださったって、
私たちに代わって十字架刑での処刑を受けてくださり、
受け入れる者を、この、イエスに合わせて、
十字架刑での処刑を受けた者、
死んだものと手続きをしてくださるのだそうです。

 その上で、受け入れる者に、もう一人の方、
〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣してくださって、
この方によって、受け入れる者の心に
〔父である神〕の御思いを置いてくださり、
受け入れる者の心に
〔父である神〕の御思いが来るようにしてくださるのだそうです。
 心の悪、よこしまな思いを洗い去ってくださって。

 だから、この、〔生まれたときからの私〕という霊から出て来る、
「天の神、主のひとりのようになり、
自分の理性の判断でことの善し悪しを決めて行こうとする」思いは、
そっくり、そのまま、イエスの御前に投げ出し、
捨て去って行けばいいのだそうです。

 そして、〔聖である霊〕と呼ばれる方によって
心に植え付けられた御思いを受け入れ、
その御思いのとおりに踏み出してみるのだそうです。

 私たち自身とからだ、その手足を義の器として、神にささげるなら、
御思いが成るために用いていただけるのだそうです(ロマ6:12~18)。

 モーセがエジプトの王パロとその家臣たち、およびその全土に対して、
あらゆるしるしと不思議を行い、
神の力強い権威とおそるべき威力を現したように。
私たちも。
今日も

 

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