風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

知恵、力、富を、あらかじめ準備していてくださる方を誇りとして

 主はこう言われる。

知恵ある者はその知恵を誇るな。

力ある者はその力を誇るな。

富ある者はその富を誇るな。

むしろわたしを知っていることを誇るがよい。エレミヤ書9:22~23

 

 実際には何者でもないのに、

自分をひとかどの者だと思う人がいるなら、

その人は自分を欺いています。

各自で、

自分の行い吟味してみなさい。ガラテヤ書6:3~4

 

 マタイ8:14~17

 黙示録1:1~8(通読箇所)

   (ローズンゲン日々聖句10/11;木) 

 

 私たちは、

自分を知恵ある者と思い、

力ある者と思い、

自分を誇りたい者なのですね。

自分がひとかどの者だと。

 

 けれども、よく吟味してみると、

知恵も、力も、富も、自分一人の力で得たのではないことに気づきます。

 

 自分の理性が正常に働いていることも、

自分が健康でいられることも、

今朝、目が覚めたことだって、

自分自身で出来たことではない、のですものね。

だから、誇るとしたら、

それらを用意してくださり、

その環境に置いてくださり、

与えていてくださる方を知っていることを誇りなさいと。

 

 

 イエスは、

私たちのわずらいを身に引き受け、

私たちの病を御自身の身に背負って、

私たちをいやしてくださる方(マタイ8:14~17)。

 

 昔いまし、今いまし、後にこられる方。

忠実な証人、

死者の中から最初によみがえった方、

地上の王たち、万物の支配者。

 

 このイエスは、

やがて天の雲に乗って来られるのだそうです。

 

 そのとき、すべての目、

ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見ることになり、

地上の諸族はみな、

彼のゆえに嘆くことになるのだそうです。

 

 この方、イエスは、

私たちを愛して、

ご自身の血によって私たちを罪から解き放ち、

私たちを王国とし、

ご自身の父である神のために祭司としてくださる方、

なのだそうですから(黙示録1:4~8)。

 

 この方を私の誇りとして。

今日も。

 

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