風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

なんと幸いなことよ。主をおのれの神とする、その国は。

いかに幸いなことか、
主を神とする国、
主が嗣業(しぎょう)として選ばれた民は。詩33:12(8/25の週の聖句)

 

 ユダの家の中で難を免れ、
残った者たちは再び根を下ろし、
上には実を結ぶ。
列王記下19:30

 

 根が聖なるものであれば、
枝もそうです。
ロマ書11:16

 

 マルコ12:28~34
 詩101(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句8/25;Ⅳ日曜)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方のほうで、
私たちを選んでくださったのですね。
ご自分の民として。

 

 私たちは、求めもしていなかったにも関わらず、
この幸いに与(あずか)らせようとして。

 

 だから、ご自分の民、ユダを、
その離反、背きのゆえに、これ以上放置できなくって、
バビロン軍を用いて打たれたのですが、
滅ぼしつくすのではなく、
残りの者がいるようにされたのですね。

 

 その残った者を用いて、
再び、下に根を張り、
上に実を結ぶように、と。

 

 

 根が聖ければ、枝も聖いのですね。
天の神、主は、
私たち、神の民でなかった者を
ご自身の民という聖い木に接ぎ木してくださって、
聖いもの、ご自分の民としてくださるのだそうです。

 

 そのためには、ご自身の独り子を、
私たちの身代わりにして、
十字架刑で処刑することまでして。

 

 

 十字架刑での処刑を受けて、
死んで墓に葬られたイエスは、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
ご自分が生きていることを示し、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座に復帰なさいましたが、

 

 その、【父である神】の右の座にあって、
もう一人の助け主、【聖である霊】と呼ばれる方を
私たちに派遣してくださるのだそうです。

 

 この方によって、
私たちの心に【父である神】の御思いを置き、
受け入れる者が【父である神】と思いを一つにするように、と。

 

 それで、受け入れる者の心には、
この方、神である主を唯一の主とし、
心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、
この方、神である主を愛する思い、
隣人(となりびと)を自分自身のように愛する思いも(マルコ12:28~34)
来るようになるのだそうです。

 

 

 「私は、恵みとさばきを歌いましょう。
主、「『私はある(I am)』という者」と名乗られる方よ。
あなたにほめ歌を歌いましょう。
私は、全き道に心を留めます。
いつ、あなたは私のところに来てくださいますか。
私は、正しい心で、自分の家の中を歩みます。
私の目の前に卑しいことを置きません。

私は曲がったわざを憎みます。
それは私にまといつきません。
曲がった心は私から離れれ行きます。
私は悪を知ろうともしません。
陰で自分の隣人をそしる者を、
私は滅ぼします。
高ぶる目と誇る心の者に、
私は耐えられません。
私の目は、国の中の真実な人たちに注がれます。
彼らが私とともに住むために。
全き道を歩む者は、私に仕えます。
欺く者は、私の家には住みえず、
偽りを語る者は、
私の目の前に固く立つことができません。
朝ごとに、私は国の中の悪者を
ことごとく滅ぼします。
それは主、「『私はある(I am)』という者」と名乗られる方の都から、
不法を行う者を
ことごとく断ち切るためです。(詩篇101篇 新改訳)
という思いも。

 

上には実を結ぶ、幸いな者に。
この新しい週も。

 

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