風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

声を聞き分け、ついて行く者にしてくださる

このわたしが

 群れの残った羊を追いやった国々から集め

   元の牧場に帰らせる。

  群れは子を産み、数を増やす。エレミヤ23:3

 

  イエスの言葉:

 わたしには、この囲いに入っていない他の羊もいる。

その羊をも導かなければならない。

その羊も私の声を聞き分ける。

こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、

一つの群れになる。ヨハネ10:16

 

 マルコ3:1~12

 マルコ9:2~13

      (ローズンゲン日々の聖句8/16;火)

 

 天の神、主、「私はあるという者」と名乗られる方は、

預言者イザヤとを通して言われます。

 

 「ああ。わたしの牧場の群れを滅ぼし散らす牧者たち。――主の御告げ――」

 それゆえ、イスラエルの神、主は、この民を牧する牧者たちについて、こう仰せられる。

「あなたがたは、わたしの群れを散らし、これを追い散らして顧みなかった。

見よ。わたしは、あなたがたの悪い行いを罰する。――主の御告げ――

しかし、わたしは、わたしの群れの残りの者を、わたしが追い散らしたすべての国から集め、元の牧場に帰らせる。彼らは多くの子を産んでふえよう。

 

 わたしは彼らの上に牧者たちを立て、彼らを牧させる。

彼らは二度と恐れることなく、おののくことなく、失われることもない。――主の御告げ――

 

 見よ。その日が来る。

――主の御告げ――

その日、わたしは、

ダビデに一つの正しい若枝を起こす。

彼は王となって治め、栄えて、

この国に公義と正義を行う。

その日、ユダは救われ、

イスラエルは安らかに住む。

その王の名は、

『主は私たちの正義』と呼ばれよう。

それゆえ、見よ、このような日が来る。

――主の御告げ――

 

 その日には、彼らは、

イスラエルの子らをエジプトの国から上らせた主は生きておられる』とはもう言わないで、

イスラエルの家のすえを北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた主は生きておられる』と言って、自分たちの土地に住むようになる」(イザヤ23:1~8新改訳)と。

 

 

  イエスは言われます。

 「わたしは良い牧者です。

わたしはわたしのものを知っています。

また、わたしのものは、わたしを知っています。

それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。

また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。

 

 わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊があります。

わたしはそれをも導かなければなりません。

彼らはわたしの声に聞き従い、

一つの群れ、ひとりの牧者となるのです」ヨハネ10:14~16)と。

 

 そして、イエスは、当時の民の指導者たちから「葬り去ろう」と思われながらも、病気の人を癒し、大勢の人がイエスの話を聞こうとして、みもとにやって来たのだそうです(マルコ3:1~12)。

 

 

 「父である神」も、「これ(イエス)は、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい」とペテロ、ヤコブ、ヨハネに、声をかけられたのだそうです(マルコ9:2~13)。

 

 

 私たち、血統としてはアブラハムの子孫ではない者、

「この囲いに属さないほかの羊」ですが、

イエスの十字架の死を通して来てくださる「聖である霊」と呼ばれる方は、私たちをも、

「羊は、牧者の、その声を聞き分けます。

彼(イエス)は、自分の羊をその名を呼んで連れ出します。

彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。

すると羊は彼の声を知っているので、彼について行きます」(ヨハネ10:1~4)という者にしてくださり、

きれいな水、豊かな牧草地に導いてくださり(詩篇23)、

子を産み、数を増やすようにしてくださるのだそうです。

今日も。

 

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