風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

2000年、語り伝えられて

私は死ぬことなく、

生きながらえて主の御業を語り伝えよう。詩118:17

 

 高官たちは何度も鞭で打ってから二人を牢に投げ込み、看守に厳重に見張るよう命じた。

真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌を歌って神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。使徒16:23、25

 

 創世記1:6~8

 ヨエル書1:1~20(通読箇所)

  (ローズンゲン日々の聖句5/8;月)

 

 天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方に身を避けることは、人に、君主たちに信頼するよりもよいのだそうです。

 敵に取り囲まれ、押し倒されそうになっていたこの詩篇の作者は、天の神、主により頼み、死ぬばかりの場から救い出され、感謝にあふれて「私はその御業を語り伝えよう」とうたっているのですね。

 

 イエスの十字架の死と復活による救いを伝えながら、マケドニアのピリピに行ったパウロとシラス。

占いの霊につかれた女性から、その霊を追い出したことで捕らえられ、むちで打たれ、牢獄に監禁されてしまったのだそうです。

たぶん、むち打ちの刑の痛みの中でだと思いますが、二人は賛美の歌を神に向かって歌い、祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていたのだそうです。

 

 創世記1:6~8では、天の神、主が、大空を造り、大空の下の水と、大空の上の水とを区別されたことを伝えています。

 

 預言者ヨエルは、「長老たちよ。これを聞け。この地に住む者もみな、耳を貸せ。このようなことがあなたがたの時代に、また、あなたがたの先祖の時代にあったろうか。これをあなたがたの子どもたちに伝え、子どもたちはその子どもたちに、その子どもたちはのちの世代に伝えよ。」(ヨエルⅠ:2~3)と呼びかけています。

 

 そして、伝えられ続けているのですね。2000年。

天の神、主が御子によって語っておられること、

私たちにも、御子であるイエスの十字架刑による死と復活、

そして、天の父である神の右の座に帰られたイエスが派遣してくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方によって、

天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方と思いを一つにしながら生きていく新しい生き方をプレゼントしていただけることが。

今日も。

 

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