風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

嘆きに代えて喜びの香油を、暗い心の代わりに賛美の衣を

主は、シオンのゆえに嘆いている人々に、
灰に代えて冠をかぶらせ、
嘆きに代えて喜びの香油を、
暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために、
わたしを遣わした。
イザヤ書61:1、3

 イエスの言葉:
疲れた者、重荷を負う者は、
だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。
マタイ11:26

 ヨシュア記24:1~2a、13~18、25~26
 ヨハネ1:19~28(通読箇所)

   (ローズンゲン日々の聖句1/2;火)

 〔父である神〕が、〔独り子である神〕を、
「女の子孫」(創世記3:15)である人間イエスとして、
人間の歴史の中に派遣されたのだそうです。
この方の上に、〔聖である霊〕と呼ばれる方が豊かに臨み(ヨハネ3:34)、
悲しみ嘆いている人々に、頭にかぶった灰に代えて冠を、
嘆きに代えて喜びの香油を、
暗い心に代えて賛美の衣をまとわせてくださるために。

疲れた者、重荷を負う者には、だれにでも、休みを、安息を与えよう、と。

 エジプトの奴隷状態から、
イスラエルの民を脱出させたモーセの後継者とされ、
民を約束の地に導き入れたヨシュア

 彼は、イスラエルの全部族をシェケムに集め、言ったのだそうです。
イスラエルの神、主はこう仰せられる。
『わたしは、あなたがたが得るのに労しなかった地と、
あなたがたが建てなかった町々を、あなたがたに与えたので、
あなたがたはそこに住み、
自分で植えなかったぶどう畑とオリーブ畑で食べている。』

 今、あなたがたは主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えなさい。
あなたがたの先祖たちが川の向こう、
およびエジプトで仕えた神々を除き去り、主に仕えなさい。
もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、
川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、
今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、
あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。
私と私の家とは主に仕える」(ヨシュア24:1~2a、13~15新改訳)、と。

 すると、民は答えて言ったのだそうです。
「私たちは主を捨てて、ほかの神々に仕えるなど、
絶対にそんなことはありません。
私たちの神、主は、私たちと私たちの先祖たちを、
エジプトの地、奴隷の家から導き上られた方、

 私たちの目の前で、あの数々の大きなしるしを行い、
私たちの行くすべての道で、
私たちの通ったすべての民の中で、
私たちを守られた方だからです。

 主はまた、すべての民、この地に住んでいたエモリ人をも、
私たちの前から追い払われました。
私たちもまた、主に仕えます。
主が私たちの神だからです」(16~18)、と。

 それでヨシュアは、その日、民と契約を結び、
シェケムで、おきてと定めを定め、
これらの言葉を神の律法の書にしるし、
大きな石を取って、主の聖所にある樫の木の下に、それを立てた」(25~26)、

のだそうです。


 イエスが、キリスト(神の子・救い主)としての、
公の活動を始める少し前、
王の前に道を備える者として活動を始めたバプテスマのヨハネは言いました。
「私は水でバプテスマを授けているが、
あなたがたの中に、あなたがたの知らない方が立っておられる。
その方は私の後に来られる方で、
私はその方のくつのひもを解く値うちもありません」(ヨハネ1:26~27)、と。

 私たちも、その、バプテスマのヨハネが言う、
「私の後に来る方」であるイエスを、
あの時のイスラエルの民のように、
「わたしの神、わたしの主」とし、
〔聖である霊〕と呼ばれる方をお迎えして、
〔父である神〕と心を一つにする者にしていただけて、
灰に代えて冠を、
嘆きに代えて喜びの香油を、
暗い心に代えて賛美の衣を、
重荷を負い、疲れた心に安息をいただけるのだそうですね。
この新しい年。