風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

ご自身と同じ栄光で輝かせようと

主は寄留の民を守り、

みなしごとやもめを励まされる。詩146:9

 

 マリヤの言葉:

主は身分の低い者を高く上げ、
植えた人を良い物で満たし、
そのしもべイスラエルを受け入れて、
憐れみをお忘れになりません。
ルカ1:52~54

 ヘブル書12:18~25
 イザヤ書4:2~6(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句11/26;月)

 飢えた人にあなたのパンを分け与えなさい。イザヤ書58:7(口語訳)

 

 善い行いと施しとを忘れないでください。
このようないけにえこそ、神はお喜びになるのです。ヘブル書13:16

 Ⅰペテロ1:13~21
 イザヤ書5:1~7(通読箇所)

   (ローズンゲン日々聖句11/27;火)

 

 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
よその国に寄留している民を守る方、
みなしごとやもめを見守り、励ましてくださる方なのですね。

 

 イエスを身ごもるとの告知を受けたとき、
マリヤがうたった、あのうたにあるように。

 

 神が私たちに与えようと約束していてくださることは、

恐ろしい、震えあがるようなことではなく、

シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム
無数の御使いたちの大祝会、

 また、天に登録されている長子たちの集会、
万民の審判者である神、
全うされた義人たちの霊、
さらに、新しい契約の仲介者イエス
それにアベルの血よりもすぐれたことを語る注ぎかけの血、
揺り動かされない御国、なのだそうですから。

 

 その日、主の若枝は、麗しく、栄光に輝き、

地の実はイスラエルの残された者の威光と飾りになるのだそうです(イザヤ4:2~6)。

 

 それで、天の神、主は、
そのようなご自身の御思いを、
〔聖である霊〕と呼ばれる方によって
私たちの心にも置いてくださるのだそうですね。

 私たちの心にも、

飢えた人に自分のパンを与え、

家のない貧しい人々を家に入れ、

裸の人を見て、これに着せ、

肉親の世話をよくする(イザヤ58:7)思いも来るのだそうです。

 

 天の神、主は、ご自身が聖であるのと同じように、

私たちも聖である者にしようとしていてくださるのだそうですから(Ⅰペテロ1:16)。

 

 食べられない、酸いぶどうのような私たちも、

甘い、良いぶどうにしてくださるのだそうです(イザヤ5:1~7)。

 

 イエスを通して来てくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方によって。

今日も。

 

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