風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

あなたの苦しみを、わたしが負おうと、イエスは

 主よ、憐れんでください。
私は苦しんでいます。
詩31:10

 

 イエスの言葉:
あなたがたの髪の毛までも
一本残らず数えられている。
恐れるな。
ルカ12:7

 

 ヨハネ1:19~28
 箴言20:19~24(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句6/26;水)


 私たちが苦しんでいるとき、
天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
私たちの苦しみと心を一つにし、
憐み救ってくださる方。

 

 私たちの心のさまも、
頭の髪の毛の数さえも一本残らず知っていてくださるのだそうですから。

 

 この方は、
創造の目的からズレてしまい、
「的外れ」になっている私たちを、
「的の当たった」、
本来のあるべきご自身との関係に取り戻すために
【御子である神】を人の世に送るに先立って、
「主の道を整え、まっすぐにする者」、
「荒野で叫ぶ声」として
バプテスマのヨハネを遣わされた方(ヨハネ1:19~28)。
預言のことば(イザヤ40:3)のとおりに。

 

 そして、
「私(バプテスマのヨハネ)のあとから来られる方」としてイエスは来られて、
私たち、すべての人間の身代わりの小羊となって
十字架での処刑を受けてくださったのですね。

 

 「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって(創世記3:5、22)、
「的外れ」になっている
わたしの〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑済み、死んだものとするために。

 

 【父である神】は、
この、死んで墓に葬られたイエスを、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活させ、
40日にわたって何度も弟子たちに現れさせ、
神の国のことを語っらせたのち、
オリーブ山で、弟子たちの見ている前で天に上げられ、
ご自身の右の座に復帰させなさったのだそうです。

 

 そして、このイエスを通して
もう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方を受け入れる者に派遣して(ヨハネ14:16)、
この方によって、
受け入れる者の心にご自身の御思いを置き、
私たちの心にご自身の思いがあるようにしてくださるのだそうです
(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28)。

 

 また、私たちに「神の子」の身分を与え(ロマ8:15)、
私たちがはばかることなく、大胆に
御前に出ることができるようにしてくださるのですね(ヘブル4:16)。

 

 この方を「父よ」と呼び、
自分の心の思いを、処罰済みのものとして、ありのままに御前に差し出し、
思い煩いの一つ一つを、
苦しみの一つ一つを差し出し、見ていただき、知っていただいて(ピリピ4:6)。

 私たちの思いが神の御心の中にあるようにと(ヨハネ17:21~22)。
神との一つの中へ。
今日も。

 

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