風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

母親が、自分の産んだ子を大切に思うように

主のために、荒野に道を備えよ。
見よ、主なる神は力を帯びて来られる。

  イザヤ書40:3、10(12/15の週の聖句)

 

 女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。
母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。
たとえ、女たちが忘れようとも、
わたしがあなたを忘れることはない。
イザヤ書49:15

 

 私は確信している。
死も命も、天使も支配も、
現在も未来も、
力も高きも低きも、他の被造物も、
主キリストが示された神の愛から
私達を引き離せないと。
ロマ書8:36~39

 

 ホセア書14:2~10
 イザヤ書49:1~6(通読箇所)
  (ローズンゲン日々聖句12/16;月) 


 罪の数々が私を圧倒します。
背いた私たちを、
あなたは贖ってくださいます。
詩65:4

 

 ザカリヤの言葉:
幼子よ、
お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。
主に先立って行き、
その道を整え、
主の民に罪の赦しによる救いを、
知らせるからである。
これは我らの神の憐れみの心による。
この憐みによって、
高い所からあけぼのの光が我らを訪れる。
ルカ1:76~78

 

 ルカ1:67~79
 詩85(通読箇所)
   (12/15;Ⅲ日曜)


 私たちが、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者と名乗られる方に背き、
自分が「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになり、
この方に、対立、対抗して、
「われわれと心を一つにする者を」と願われた
神の創造の目的から「的外れ」になってしまっている私たち。

 

 その、私たちがすることは全部、
「的外れ」の出来事なのですね。
どんないいことも、神に対立、対抗していることに。

 

 そのような私たち人間を、
天の神、主は、なお、大切に思い、惜しんでくださって、
【御子である神】を人間イエスとして人の世に派遣し、
この方を十字架刑で処刑することで、
私たち、すべての人間の「的外れ」、「背き」の責任が
果たされたことにしてくださっているのだそうです。
私たちをご自身の子、家族にしようと。

 

 それで、イエスがキリスト(救い主)としての活動を始める直前に、
預言の言葉のとおりに
バプテスマのヨハネユダヤの荒野に遣わし、
私たちがイエスを受け入れやすいように、
道を整えさせようとなさったのだそうです。


 この方、天の神、【主】は、
母親が自分の産んだ子、乳飲み子を憐れむように、
忘れてしまったりすることがないように、
私たちを忘れることはなく、憐れんでいてくださるのだそうです。
だから、どんなものも、
この方の愛から私たちを引き離すことはできないのだそうです。

 

 それで、この方は言われるのですね。

「わたしは彼らの背信をいやし、
喜んでこれを愛する。
わたしの怒りは彼らを離れ去ったからだ。
わたしはイスラエルには露のようになる。

彼はゆりのように花咲き、
ポプラのように根を張る。
その若枝は伸び、
その美しさはオリーブの木のように、
そのかおりはレバノンのようになる。
彼らは帰って来て、その陰に住み、
穀物のように生き返り、
ぶどうの木のように芽を吹き、
その名声はレバノンのぶどう酒のようになる」(ホセア14:4~7新改訳)、と。


「わたしはあなたを帰らせ、
諸国の民の光とし、
地の果てにまでわたしの救いをもたらすものとする」(イザヤ49:6)、
と仰られて。
今日も。

 

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