風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

驚くべき神の御業を伝えて

神よ、
私の若いときから、
あなたが常に教えて下さるので、
今まで私は、
驚くべき御業を伝えて来ました。
詩71:17

 

 シメオンは幼子を腕に抱き、
神をたたえて言った。
「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、
この僕を安らかに去らせてくださいます。
私はこの目で
あなたの救いを見たからです。
ルカ2:28~30

 

 エレミヤ書15:15~21
 マルコ14:26~31(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句4/2;木)


 【父である神】は、
エスが十字架刑で受けられた処刑によって、
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑が終わっているものとし、

 

 死んで墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
天の、ご自身の右の座に復帰されたイエスを通して
もう一人の方、【聖である霊】と呼ばれる方を私たちに派遣し、
この方の働きによって私たちの心にご自身の御思いを置き、
私たちの心に
ご自身の御思いがあるようにしてくださるのだそうです。
(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28、ヨハネ17::21~23)


 それで、これを受け入れる者は、
常に神からの教えを内に持つ者となり、
神の驚くべき、くすしい御業を告げ知らせる者とも
していただけるのだそうです。

 

 エルサレム神殿で救い主を待ち望んでいたシメオンが、
ヨセフとマリヤに抱かれてやってきた赤ん坊のイエスを見て、
「私はこの目で神の救いを見たからです」と言ったように。

 

 また、神のみことばを楽しみとし、心の喜びとしているエレミヤを

ご自身の口として、
民にご自身の御思いを伝えるために用いられたように。(エレミヤ15:16、19)

 

 また、神は、
「たとえ、ご一緒に死ななければならないとしても、
あなたを知らないなどとは決して申しません」と
皆の前で言い放ちながら(マルコ14:26~31)、
数時間後には、召使の女や下役の者から
「あなたもイエスの仲間だ」と言われて、
「そんな人は知らない」と
三度もイエスを否定したペテロを (マルコ14:66~72)
使徒として立て、12使徒の中心人物とされたように。

 

 私たちも、【聖である霊】と呼ばれる方によって
【父である神】の御思いを心の置いていただいて。
今日も。

 

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