風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

イエスは、私たちすべての者の咎をその身に負って

彼の受けた傷によって、
私たちはいやされた。
イザヤ書53:5

 

エスは国民のために死に、
国民のためばかりでなく、
散らされている神の子たちを
一つに集めるためにも死ぬ。
ヨハネ11:51~52

 

 Ⅰコリント9:16~23
 マルコ6:30~44(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句8/13;木)


 イエスが受けてくださったむち打ちの刑、十字架刑での処刑。
その受けられた傷によって、私たちはいやされているのだそうです。
 

 イエスの死は、選民、ユダヤ人のためだけでなく、
全世界に散っている神の子たち、
エスの救いをいただいて神のことしていただいた者たちを
一つに集めるためでもあったのだそうです。

 

 それで、パウロは、
律法の下にあるユダヤ人にはユダヤ人のように、
律法を持たない異邦人には律法を持たない人のように、
弱い人には弱い者に、
すべての人にすべての人のようになって、
エスによる救いをすべての人に伝えようとしている、
と、言っているようです。(Ⅰコリント9:16~23)

 

 イエスは、人里離れた寂しい所に行ったとき、
ご自分を追いかけて来た大勢の群衆を深く憐れみ、
多くのことを教え、
そして、空腹のまま帰らせると
途中で弱ってしまうことを思いやられて、
たまたまあった、五つのパンと二匹の魚を取り、
天を見上げて神をほめたたえ、
そのパンと魚を裂いて弟子たちに渡され、
弟子たちはそれを人々に配り、
男だけでも5千人はいた群衆を、
満腹させて帰したのだそうです。(マルコ6:33~44)


 私たちも、神なく、望みなく生きていた者でしたが、
このイエスが受けられた傷によっていやされ、
神の子の身分を与えていただいて、
【父である神】と思いを一つにして生きるように
していただけるのだそうですから。
今日も。

 


 

(聖書についての疑問、
近くの教会を知りたい等の方、

また、婚活で広く出会いを求めたい

教会に行っていないけれど、
葬儀をキリスト教でしたい、等の方、
お問い合わせは、
shkhknsyg4@yahoo.co.jpへどうぞ。)

 

〈日本仲人協会 https://www.omiaink.com/ 認定〉
〈(復活社 http://www.sougi8849.jp/index.html 〉

 

 

 

イメージ 1

[にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ]

[https://blog.with2.net/link/?1470390人気ブログランキング]