風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

神は、私たちと和解しようと、御子を死に渡し

あなたは罪と悪のためにわたしを苦しめた。
わたしはあなたの背きの罪をぬぐい、
思い出さないことにする。
イザヤ書43:24~25

あなた方は、
以前は神から離れ、
悪い行いによって心の中で
神に敵対していました。

 しかし今や、
神は御子の肉のからだにおいて、
その死によってあなたがたと
和解してくださいました。
コロサイ書1:21~22

 

 ヨハネ8:3~11
 マルコ8:34~9:1
(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句8/26;水)


 天の神、とら【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」
と名乗られる方(出エジプト3:14)は、仰られるのですね。
「あなたは、あなたの罪で私を苦しめ、わたしに苦労させ、
あなたのとがでわたしをわずらわせた。
わたし、このわたしは、
わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、
もうあなたの罪を思い出さない」と。

 

 【父である神】は、私たち、
神から離れ、敵意を抱き、悪い行いの中にあった者を、
今は、御子イエスが受けてくださった
十字架刑での処刑による死によって、
ご自身と和解させていてくださるのだそうですから。

 

 

 ユダヤ人の指導者たちである律法学者やパリサイ人が、
エスを告発するする理由を得ようと、
姦淫の現場で捕らえられた女性を連れて来て、
真ん中に立たせ、
 

そして、イエスに言ったのだそうです。

「先生、この女は姦淫の現場で捕らえられました。
モーセは律法の中で、
こういう女を石打(石を投げつけて殺す処刑)にするよう
私たちに命じています。
あなたは何と言われますか。」

 

 イエスは身をかがめて、
指で地面に何かを書いておられたのですが、
彼らが問い続かるので、身を起こし、言われました。
「あなたがたの中で罪のない者が、
まずこの人に石を投げなさい。」

 

 そして、再び身をかがめて、地面に何かを書き続けられた。
彼らはそれを聞くと、
年長者たちから始まり、一人、また一人と去って行き、
その女とイエスだけが残された。

 

 イエスは、身を起こして、彼女に言われた。
「女の人よ。彼らはどこにいますか。
だれもあなたにさばきを下さなかったのですか。」

 

 彼女は言った。
「はい、主よ。だれも。」イエスは言われた。
「わたしもあなたにさばきを下さない。
行きなさい。
これからは、決して罪を犯してはなりません。」

 

 

 イエスご自身が、
この女の罪も、私たちの神に背く「的外れ」の責任も
全部、ご自分のからだに負われて、
十字架刑での処刑による死を受けてくださって。(ヨハネ8:3~11)

 

 それで、私たちも、自分自身の十字架を負って、
ゴルゴダ、十字架刑の処刑場へ向かうイエス
ついて行くのですね。

 

 十字架刑で処刑されるはずの者であることを認めて。(マルコ8:34)

 

 そして、
エスが十字架刑での処刑を受けてくださっている今は、
エスが受けてくださった十字架刑での処刑による死に
合体していただいて、
〔生まれたときからの私〕という霊を処刑が済んでいる者、
死んだものとしていただきながら。

 

 【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の御思いの中を。
今日も。

 

 

 

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