風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

外なる人は衰えても、内なる人は日々に新たにされて

あなたは主によって喜び躍り、
イスラエルの聖なる神によって誇る。
イザヤ書41:16

 

私たちの主イエス・キリストによって、
私たちは神を誇りとしています。
今やこのキリストを通して
和解させていただいているからです。
ロマ5:11

 

 申命記26:1~11
 Ⅱコリント4:1~6(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句9/14 ; 月) 

 

 

アブラハムは、
主の言葉によって旅立った。
創世記12:4

 

信仰によって生きる人こそ、
アブラハムの子である。
ガラテヤ書3:7

 

 ガラテヤ書5:22~26
 Ⅱコリント4:7~18(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句9/15;火)


 【父である神】は、
【御子】イエスが受けられた
十字架刑での処刑による死によって、
私たちをご自身と和解させてくださっているのだそうです。

 

 そのうえで、ねたむほどに愛しておられる方、
【聖である霊】と呼ばれる方を私たちに派遣してくださいました。

 

 この方によって、私たちの心に、ご自身の御思いを置いて、
私たちの心にご自身の思いがあるようにし、
受け入れる者が、ご自身と一つ思いになって生きるようにと。

 

 それで、これを受け取った者は、
この新しい生き方によって、
神を喜び、誇りとしていくのですね。

 

 かつては、神から離反していた者であったのに、
今は、イエスが受けてくださった十字架の死によって、
神に近い者、
神と思いを一つにして生きている者に
していただいていることを告白しながら。(申命記26:5~9)

 
 アブラハムが、行く所を知らないまま、
神のことばに従ってカルデヤのウルから出て行ってように、
私たちも、神に信頼し、
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の御思いのとおりに行動を起こして。

 

 〔生まれたときからの私〕という霊から出て来る思いは、
エスとともに、十字架刑で処刑された、
死んだものから出て来た思いであると認めて、
これをイエスの御前に差し出し、見てもらいながら。

 

 この方について行くなら、私たちも、
愛、喜び、平安、寛容、
親切、善意、誠実、柔和、自制という実を結ぶ者と
していただけるのだそうですから。(ガラテヤ5:22~26)

 

 

 素晴らしい宝を入れている、素焼きの土の器のように、
外の器、〔生まれたときからの私〕は、
日々に、死んでいるもの、衰えて行くものと認め、
【聖である霊】と呼ばれる方による
新しい人、内なる人は日々新たにされて。
 

永遠の栄光を着せていただくその日を目指して。
今日も。

 

 

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