風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

救いが、すべての人に見えるように、と

地の果てまですべての人は、
私たちの神の救いの御業を見た。
詩98:3

 

ともし火を持って来るのは、
枡の下や寝台の下に置くためだろうか。
燭台の上に置くためではないか。
マルコ4:21

 

 Ⅰペトロ1:13~21
 Ⅱペトロ2:12~22(通読箇所)  
   (ローズンゲン日々の聖句11/24;火)

 


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
エスによって
ご自身の救いが見えるようにしていてくださいます。

地の果てまでのすべての人に。

ともし火を燭台の上に置いて部屋中を照らすようにして。

 

 この救いは、天地創造の前から、
世界の基のおかれる前から、
【父である神】とともにおられ、
この天地創造に直接、関わられた
【御子である神】が、
預言のことばのとおりに、
ダビデの町、ベツレヘムで、
ダビデの子孫の貧しい一人の処女マリアの胎を通して、
人間イエスとなって人の世に来られ、
 

 およそ、33歳の頃、
私たちすべての「ハマルティア(的外れ)」の責任を
ご自身の身に負って
エルサレム郊外で十字架刑での処刑を受けられ、
人間の救いとなってくださったのだそうですから。

 

 そして、【父である神】は、
この、死んで墓に葬られたイエスを、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から
新しい霊のからだに復活させられたのだそうです。

 

 この復活されたイエスは、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の、【父である神】の右の座に復帰され、

 

そして私たちに、
もう一人の方、【聖である霊】と呼ばれる方を
派遣してくださって、
この方によって【父である神】の御思いを私たちの心に置き、
私たちの心に【父である神】の御思いがあるようにし、
受け入れる者が
【父である神】と思いを一つにして生きるように
していてくださるのだそうです。

 

 「神の一人のようになろう」として、
自分一人のの理性の判断だけで
「善悪を知る者」、決定する者になって、
神の創造の目的から「ハマルティア(的外れ)」になり、
神から離反し、神に背き、
神に対立、対抗する者となっている私たちが、
創造の目的のとおりに、
「神と思いを一つにする者」に、と。

 

 先祖伝来のむなしい生き方から、
エスの血(いのち)という代価が支払われて
神のものに買い戻されて。

 

 さらに神は、
ご自分が聖であるように
私たちも聖なる者にしようとしていてくださるのだそうです。

以前の、無知であったときの欲望にからだをまかせず、
心を引き締め、身を慎み、
再びイエスが現れてくださるときに与えられる恵みを、
ひたすら待ち望む思いを与えてくださって。

 

 信仰と希望を、私たち自身にではなく、
神にかけていく者に、と。(Ⅰペテロ1:13~21)

 今日も。

 

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