風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

種を蒔く人に、蒔く種を与えてくださる方が

あなた(神である主)の裁きが
地に行われるとき、
世界に住む人々は
正しさを学ぶでしょう。
イザヤ書26:9

 

種を蒔く人々に種を与え、
パンを糧としてお与えになる方は、
あなたがたに種を与えて、それを増やし、
あなたがたの慈しみが結ぶ実を
成長させてくださいます。
Ⅱコリント9:10

 

 ホセア書14:2~10
 イザヤ書65:17~25(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句12/14;月)

 


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)が、すべての人を、
その一人一人がしてきたことに応じて裁きを行われるときが
来るのだそうです。
そのとき、人々は
義とは何であるのかを知ることになるようです。

 

 この方は、私たちの義の実を
増やそうと思っていてくださるようです。

 

 この方が願っておられるとおりに、私たちが、
貧しい人、困っている人に
惜しみなく分け与えることができるよう、
その、分け与えるものも、
この方が私たちに与えていてくださり、
私たちの、互いに不足を補い合う慈しみ、義の実を
増し加えてくださるのだそうですから。

 

 また、唇の果実も。
「あなたがたはことばを用意し、主に立ち返れ。
主に言え。
『すべての不義を赦し、
良きものを受け入れてください。
私たちは唇の果実をささげます。
 

 アッシリア帝国は私たちを救えません。
私たちはもう馬に乗らず、
自分たちの造った物に「私の神」とは言いません。

みなしごがあわれまれるのは、
あなたによってだけです』」(ホセア14:2~3)と
記されているように。

 

 

 それで、この方、神である主は言われます。
「見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。
先の事は思い出されず、心に昇ることもない。

だから、わたしが創造するものを、
いついつまでも楽しみ喜べ。

 

 見よ、わたしはエルサレムを創造して喜びとし、
その民を楽しみとする。
わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を楽しむ。
そこではもう、数日しか生きない乳飲み子も、
寿命を全うしない老人もいない。
百歳で死ぬ者は若かったとされ、
百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。

 

 彼らは家を建てて住み、
ぶどう畑を作って、その実を食べる。
彼らが建てて他人が住むことはなく、
彼らが植えて他人が食べることはない。
わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、
わたしの選んだ者たちは、
自分の手で作った物を存分に用いることができるからだ。

 

 彼らは無駄に労することもなく、
子を産んで、突然その子が死ぬこともない。
彼らは主に祝福された者たちの末裔であり、
その子孫たちは彼らとともにいるからだ。
 

 彼らが呼ばないうちに、私は答え、
彼らがまだ語っているうちに、私は聞く。
狼と子羊はともに草をはみ、
獅子は牛のように草を食べ、
蛇はちりを食べ物とし、
わたしの聖なる山のどこにおいても、
これらは害を加えず、滅ぼすこともない」(イザヤ65:21~25)と。

 

 御子イエスによって、
この新しい世界を受け継ぐ者としていただいて。
今日も。

 

 

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