風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

見ておられたのだそうです。胎児の私の人生のすべてを

胎児であった私を
あなたの目は見ておられました。
わたしの日々は
あなたの書にすべて記されている。
まだその一日も造られないうちから。
詩139:16

 

あなたがたの名が
天に記されていることを
喜びなさい。
ルカ10:20

 

 イザヤ書11:10~13
 ルカ1:18~25(通読箇所)

   (ローズンゲン日々の聖句12/19;土)

 


 見ておられたのだそうです。この方は私を。
まだ、私がこの世に生まれる前、
母親のお腹の中にいるときに。すでに。
私が生きる、その一生のすべてを。

 

 なぜなら、この方が私たち人間や
すべてのものの造り主であり、
その全知の御力で、私の一生を予知しておられる方
なのだそうですから。

 

 そして、イエスが私たちすべての人間の身代わりとなり、
十字架刑で死刑を受けてくださったことによって、
私たちの「背き」、「的外れ(ハマルティア)」の責任が
果たされたものとしてくださるのだそうです。

 

 それで、私たちは無罪放免になるのだそうです。
それで、私たちは、

今からの自分の歩みを自分で決めることになるのですね。

 

 解放された、元の自分の生き方、
この方に背いた、「的外れ」の生き方に戻るか、
 

この方の愛の内に自分の身を置いて、
この方と思いを一つにして生きる生き方を選び、
天の、「いのちの書」に名を記された者、
天の御国の国籍を持つ者としていただくか、を。

 

 

 その日になると、
エッサイの根はもろもろの民の旗として立ち、
国々は彼を求め、
彼の留まるところは
栄光に輝く(イザヤ11:10)ことになるのだそうです。

 

 この方のことばは、ご計画の時が来れば、必ず、
そのことばのとおりに実現するのだそうですから。(ルカ1:20)

 

 私たちも、この方のことばに留まり、
天に名が記される、
この方と思いを一つにして行く人生を選び取って。

今日も。

 

 

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