風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

神から隠れ、身を隠す者を

主なる神はアダムを
「どこにいるのか」と呼んだ。
彼は「あなたの足音が
園の中に聞こえたので、恐ろしくなり
隠れております。
私は裸ですから」と答えた。
創世記3:9~10

 

神の前にあらわでない被造物はなく、
すべてのものは神の目に裸であり、
逃れることはできません。
私たちはこの神に
弁明しなければなりません。
ヘブル書4:13

 

 ヨハネ21:1~14
 コロサイ書:1~14(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句4/8;木)

 

 

 聖書が啓示している神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
「さあ、人をわれわれのかたちとして、
われわれの似姿に造ろう」と仰せられて、
人を造られたのだそうです。(創世記1:26)

 

 「われわれのかたち、われわれの似姿」。
【父である神】、【御子である神】、
【聖である霊】と呼ばれる神が、
それぞれ、全知、全能、永遠不変の方でありながら、
互いに愛し合うゆえに、
自由意思で、自発的に互いに相手のことを思い合い、
自分の思いが成ることではなく、
相手の思いが成ることを願っておられる(ヨハネ6:38、8:28、14:10、16:13~14)、
その愛し合いの中へ、
自由意思で、自発的に加わる者を、と願われて。

 

 

 その時、一つの心配事について
話し合いがあったのでしょうね。
その、造った人間が、与えられた自由意思でもって、
自分たちと心を一つにしていく方向ではなく、
別のものを求めて行ったらどうしようか、と。

 

 そのとき、【御子である神】が言われたのでしょうね。
「その時は、わたしが人となって人の世に降り、
その責任を負いましょう」、と。

 

 それで【聖である霊】と呼ばれる神が言われました。
「そうすれば、わたしが人のところに行ってともに住み、
人の心に【父である神】の御思いを置き、
人の心に【父である神】の御思いがあるようにし、
受け入れる者が【父である神】と思いを一つにして
生きられるようにしましょう」、と。

 

 そして、いよいよ、「さあ、人を造ろう」ということに
なったということのようです。

 


 そしてその予想のとおり、
神に造られた最初の人、アダムとエバは、
その神との一つの中にとどまることを良しとせず、
「もっと素晴らしい者に、神のようになろう」として、
「神の一人のようになり、善悪を知る者」になる道を
選び取ったのだそうです。

神に対立、対抗し、神と向こうを張る者となる生き方を。

 

 神の創造の目的から大きく外れた「的外れ」な者へと。(創世記3:1~24)

 


 それで、アダムとエバは、神が自分たちを
捜しまわっておられる音を聞いて、
園の木の間に身を隠したのだそうです。

自分の裸を見られるのを恐れて。

 

 それ以来、アダムとエバの子孫である私たち人間は、
神から身を隠し、言の葉で身を包んで、
自分の本心を隠しなら生きる者となっているのだそうです。


 けれども、私たちがどんなに隠しても、
神の目にはあらわでない被造物はなく、
すべてが裸で、さらけ出されているのだそうです。

 

 そして、私たちはこの方の御前で、
自分の人生の総決算をすることになるのだそうです。
自分を弁明しなければならないときが。

 

 私たちすべての人間の身代わりとなり、
神に背いた者、神に呪われた者となって
十字架刑での処刑を受け、
死んで墓に納められ、
三日目、日曜日の早朝、新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度の弟子たちに現れ(ヨハネ21~1~14)、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座に復帰されたイエス

 

 そして、そのイエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方と
どのような関係をもって生きて来たかの
申し開きをしなければならないときが。

 

 

 【父である神】は、私たちを
【御子である神】、イエスのいのちによって贖(あがな)って、
「的外れ」の責任が果たされた者とし、
暗闇の世界、自分を隠していく世界から救い出して、
愛する御子の支配下に移し、
聖徒の相続分にあずかる資格を
与えてくださっているのだそうですから。

 

 私たちが、あらゆる霊的な知恵と理解力によって、
神の御心についての知識に満たされ、
主イエスにふさわしく歩み、
あらゆる点で主に喜ばれ、
あらゆるよいわざのうちに実を結び、
神を知ることにおいて成長し、
神の栄光の支配により、あらゆる力をもって強くされ、
どんなことにも忍耐し、
寛容でいられるように、と。(コロサイ1:9~14)

 今日も。

 

 

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