風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

魂、健康、すべての面が幸いを得て

主なる神は、
土の塵
(ちり)で人を形づくり、
その鼻に息を吹き入れられた。
人はこうして生きる者となった。
創世記2:7

 

ヨハネはガイオヘ書く:
愛する者よ、
あなたの魂が恵まれているように、
あなたがすべての面で恵まれ、
健康であるように祈っています。
Ⅲヨハネ2

 

 使徒15:22~31
 ルカ6:12~16(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/21;木)

 


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、

人の肉体を土の塵(ちり)で形づくり、
鼻からいのちの息を吹き込まれ、
それで、人は生きるものとなったのだそうです。

 

 「われわれのかたちとして、
われわれの似姿に」(創世記1:26)と願われて。

 

 私たちの造り主であるこの方は、
私たちの魂が恵まれ、幸いを得ているように、
すべての面で幸いを得、また健康であるように、と、
思っていてくださるのですね。

 

 律法を自分の力で行わなければいけないという重荷から
解放して。(使徒15:22~31)

 

 

 【父である神】は、イエスによって12使徒を立て、
3年半、イエスと共に生活させ(ルカ6:12~16)、
エスの十字架刑での死と復活、昇天の目撃者とし、
証言する者とし、
私たちに
エスによって開かれた救いを伝えるようにしてくださって。

 

 私たちを、生き生きとさせ、
魂も、健康も、すべての面で幸いを得るように、と。

今日も。

 

 

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自由に、大きく踏み出して

私の足は大きく踏み出し、
くるぶしはよろめくことがない。
サムエル下22:37

 

主の霊のおられるところに
自由があります。
Ⅱコリント3:17

 ガラテヤ書5:1~6

 ルカ6:6~11(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/20;水)

 


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)が、
私の足の歩みを広げ、
くるぶしがよろめくことがないようにしてくださるのですね。

私の足を雌鹿のように強めて。

 

 

 主の霊と呼ばれる方、
エスの十字架刑での死、
墓に葬られ、
三日目、日曜日の朝の新しい霊のからだへの復活、
そして、40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座への復帰によって
私たちに来てくださる【聖である霊】と呼ばれる方。

 

 この方がいてくださるところには、自由があるのだそうです。
私たち、この方によって、
自分の内から出てくる思い、
心を行き来する思いの一つ一つを
【父である神】、【御子である神】イエスの御前に差し出し、
見ていただき、知っていただいて、
隠している、おおっている思いが一つもない、
不自由に思うところのない、
全部、光の中の出来事、明るみの出来事に
していただけるのですから。

 

 そして、自分の思いに捕らわれることなく、
この【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の御思いの中に
一歩踏み出していけるようにしてくださって。

 

 このように、イエスは、
【聖である霊】と呼ばれる方によって、
私たちが自分の思いに捕らわれることなく、
自由に、この方についていけるように
していてくださるのですから。

 

 だから、もう、私たちは、
自分の
〔生まれたときからの私〕という霊から出てくる思いに従って
生きなくていいのですね。

エスの御前に投げ捨てて行けばいい。

 

 律法的生き方、
自分の力で神のみことばのとおりを行う者になって、
神の前に自分の義を立てようとする生き方は、
もう、しなくていいのだそうです。

 

 イエスが私たちに派遣してくださる
【聖である霊】と呼ばれる方は、
私たちの内に【父である神】の御思いを置いてくださり、
私たちの内に【父である神】の御思いがあるようにし、
受け入れる者が
【父である神】の御思いと同じ思いになって生きる、
「愛による一つ」の関係に入れてくださるのだそうですから。(ガラテヤ5:1~6)

 

 イエスが、【父である神】との一つ思いの中で、
右手のえた人に「手を伸ばしなさい」と言われると、
えていた手が
元どおりに動かせるようになったように(ルカ6:6~11)、
私たちも、
神がしようと思われることの中に
自由に、大きく踏み出して行く者にして(ヨハネ14:12)。

今日も。

 

 

 

 

 

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心の痛める者、悲しむ人を慰めようと

主はわたしをつかわして、
心の痛める者を癒す。
イザヤ書61:1,2

 

悲しむ人々は幸いである、
その人たちは慰められる。
マタイ5:4

 

 ロマ書9:31~10:8
 ルカ6:1~5(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/19;火)

 


 え!っと思われるかもしれませんが、
悲しむ人は幸いなのだそうです。


 なぜなら、天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)が、
その人を慰めてくださるのだそうですから。

 

 この方は、心の痛める者を癒そうと思われて、
御子を人間イエスとして
人の世に遣わされたのだそうです。


 自分で律法を行って
神の前に自分の義を立てようとして、
及ばぬことを悟り、悲しんでいる人を慰め、
エスの義を与えてくださろうと。

 

 死者の中からよみがえられたイエス
主と告白し、信頼する者に。(ロマ9:31~10:9)

 

 安息日の主であるイエスは(ルカ6:1~5)、
ご自分に信頼する者を
永遠の安息に入れてくださるのだそうですから。
悲しむ者に終わることのない幸いを与えようと。
今日も。

 

 

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恵みからめぐみへ、と

私たちは皆、
この方の満ちあふれる豊かさの中から、
恵みの上に更に恵みを受けた。
ヨハネ1:16(1/17の週の聖句)

 

主よ、あなたは
万物にいのちをお与えになる方。
天の軍勢はあなたを伏し拝む。
ネヘミヤ記9:6

 

すべてのことが、
神から発し、
神によって成り、
神に至るからです。
どうか、この神に、
栄光がとこしえにありますように。
ロマ書11:36

 

 申命記4:5~13
 ルカ5:33~39(通読箇所)
   (ローズンはン日々の聖句1/18;月)

 

 

 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)。

 

この方によって天地万物は創造され、
いのちを与えられたのだそうですね。
すべてのことが、この方の御思いから発し、
この方によって出来上がり、
この方に至るのですから。


 それで、天使の万軍も、私たちも、
この方に、栄光が永遠にありますように、と、
この方を礼拝します。

 

 この方は、アブラハムから一つの民族、
イスラエルを起こし、
この民族にご自分の思いを示し、
この民族をご自分の民とされました。

 

 そして今、イエスによって、私たち、異邦人にも
御思いを示し、知恵と悟りを持つ者とし、
ご自分の子、ご自身の家族としてくださるのだそうです。

 

 私たちの周りの人たちが、その知恵と悟りを見て、
「この人たちは、確かに知恵と悟りのある人たちだ」と
言うようにしようと。

 

 この方は、私たちが呼び求めるとき、
いつも近くにおられて、
私たちと親しく語り合ってくださるのですから。(申命記4:5~13)

 

 

 この方の御思いを受けて生きる生きかたは、
往々にして、私たちが今まで生きて来たこの世の考え方には
納まり切れないのだそうです。

 

新しいぶどう酒を古い革袋の入れると、
新しいぶどう酒が発酵して、
弾力性がなくなり硬くなっている
古い革袋を張り裂いてしまうように。

だから、新しいぶどう酒は新しい革袋に入れて。

 

 恵みの上に更に恵みを受けながら。
今日も。

 

 

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誉れと、とこしえの力が

感謝をもって、御前に進み行き、
詩編をもって、主に喜び叫ぼう。
主は大いなる神だからだ。
詩95:2~3

 

すべての王の王、
すべての主の主、
ただ一人死のない方であり、
近づくことのできない光の中に住まわれ、
見ることのできない方。
この方に誉れと、
とこしえの力がありますように。
Ⅰテモテ6:15~16

 

 エフェソ書1:3~10
 ルカ15:12~16(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/14;木)

 


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、大いなる神。
 

 地の深みは御手のうちにあり、
山の頂もこの方のもの。
海はこの方のもの。
この方がそれを造られた。
陸地も御手が形造った。

 

 すべての王の王、
すべての主の主、
死ぬことのない唯一の方、
近づくことのできない光のうちに住まわれ、
人間がだれ一人見たことがなく、
見ることもできない方。

 

 私たちも、感謝をもって、この方の御前に進み行き、
賛美をもってこの方に喜び叫ぶのですね。

この方に誉れと、永遠の支配がありますように、と。

 

 この方はイエス・キリストにあって
天上にあるすべての霊的祝福をもって
私たちを祝福してくださる方。

 

 世界のもといが据えられる前から、
エスにあって私たちを選び、
御前に聖なる、傷のない者にしようと
していてくださるのだそうです。

 

 私たちをイエス・キリストにあってご自分の子にしようと、
愛をもってあらかじめ定めておられ、
豊かな恵みをもって私たちに、
エスの血によるあがない、背きの罪の赦しを与え、

 

その恵みをあらゆる知恵と思慮をもって
私たちの上にあふれさせ、
天にあるものも地にあるものも、一切のものを、
エスにあって、一つに集められるのだそうですから。(エペソ:3~10) 

 

 

 このイエスは、
「主よ、お心一つで私をきよくすることがおできになります」と、
御前にひれ伏して願う、
全身がツアラート(重い皮膚病)におかされた人に、
「わたしの心だ。きよくなれ」と言われ、たちどころに癒す方。

 

言われたことをそのまま実現させる方。
あろうとするとおりにあることができる方なのだそうですから。(ルカ5:12~16)

 

 

大いなるこの方に、感謝と賛美を。
今日も。

 

 

 

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父を尊敬する思いなど、ひとかけらもない私たちを」

「子は父を敬うものだ。
わたしが父であるなら、
わたしに対する尊敬はどこにあるのかと
主は言われる。
マラキ書1:6

 

ある人に息子が二人いたが、
彼は兄のところに行き、
「子よ、今日、
ぶどう園へ行って働きなさい」と言った。
兄は「いやです」と答えたが、
後で考え直して出かけた。

(口語訳、新改訳三版まででは、
「兄は『行きます』と答えて行かなかった。
弟は『いやです』と答えたが、後で考え直して行った」、
となっている。)マタイ21:28~29

 

 ロマ書8:26~30
 ルカ5:1~11(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/13;水)

 


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
この方を「父」と呼んでいる私たちに、
父としての尊敬がないことをご存じなのですね。

 

 口先で、表面的には
「あなたのおっしゃるとおりに行います」と答えていながら、
実際にはやろうとしない、ということを。

 

 

 神の一人のようになろうとして、
「善悪を知る」者となって、「的外れ」になっている私たちの
〔生まれたときからの私〕という霊から出てくる思いは、
神の言われることは愚かに思え、
言われたとおりにするよりも、
自分の「善悪の判断」のほうで行動していきます。

 

 けれども、私たちの身代わりとなって
十字架刑での死刑を受けてくださり、
墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、新しい霊のからだに復活し、
天の、【父である神】の右の座に帰られたイエス

 

 そのイエスが【父である神】の右の座にあって
私たちに派遣してくださる【聖である霊】と呼ばれる方。

 

 この方が、【父である神】の御思いを受けて、
【父である神】が思っておられるとおりに、
私たちをとりなしてくださり、
「いやだ」と思う私に、
「やってみようか」という思いを起こしてくださるのだそうです。

 

 【父である神】への尊敬の思いも起こしてくださり、
【父である神】の思っておられる思いを大切にする心も。

 

 イエスが【父である神】に対して思っておられるのと
同じ思いになるように、と。(ロマ8:26~30)

 

 

 ペテロも、イエスから、
「深みに漕ぎ出し、
網を下ろして魚を取りなさい」と言われたとき、

「先生、私たちは夜通し働きましたが、
何一つ取れませんでした」と答えたのだそうです。

 

 プロの漁師である私たちが、魚を取るのに一番適した夜に、
一晩中、網を打っても、何一つ取れず、
今、漁から帰って来て網を洗っているところなんですよ。
漁をすることについては、ど素人であるあなたが、「網を打て」、
なんて言ったって、捕れるわけがないではありませんか」と。

 

 でも、ペテロは、そこで終わらなかったのですね。

「でも、おことばですので、
網を下ろしてみましょう」と思い直して。

 

 そして、自分の思いでは、
「そんな無駄なことをするのはいやだ」と思いながらも、
ともかく、「おことばですので」と、言われたとおりにしてみると、
なんと、網いっぱい、
船が沈みそうになるほどの魚が網に入り、
ペテロは、イエスの前にひれ伏し、
「主よ、私から離れてください。
(そうでないと私は死んでしまいます。)
私は罪深い人間ですから」と言ったのだそうです。

 

 けれども、イエスは、そのペテロに、
「恐れることはない。
今から後、あなたは人間を捕るようになるのです」と
言われたのだそうです。

 

 私たちも、神を尊敬する思いはなく、
神のことばに従おうとしない者ですが、

「でも、おことばですので」と思い直して
一歩踏み出してみると、
神の御業を見、
【父である神】を尊敬する者にもしていただけるのだそうです。
今日も。

 

 

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見つけ出すまで、迷い出た私たちを捜しまわり

このわたしが、
群れの残った羊を、
追いやったあらゆる国から集め、
もとの牧場に帰らせる。
群れは子を産み、数を増やす」と
主は言われる。
エレミヤ書23:3

 

あなたがたの中に、
百匹の羊を持っている人がいて、
その一匹を見失ったとすれば、
99匹を野原に残して、
見失った一匹を見つけ出すまで
捜し回らないだろうか。
ルカ15:4

 

 Ⅰコリント2:11~16
 ルカ4:38~44(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/12;火)

 


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)ご自身が、
ご自分の民を、
追いやったすべての地から集め、
元の牧場、イスラエルの地に連れ帰ってくださる、
というのですね。

 

 紀元70年、ローマに対して反乱を起こし、
エルサレムは徹底的に破壊され、
全世界に散らされて行ったご自身の民を、
イスラエルの地に連れ帰ると。

 

 この方は、羊の持ち主が、
いなくなった一匹の羊を探し求め、
見つけたら、大喜びで肩に乗せ、連れ帰るように、
御自分の民を連れ帰ってくださるのだそうですから。

 

 その御心を、人間は理解することができなかったのですね。
人間のことは、
その人の内にある人間の霊のほかに知る者がいないように、
神の御思いは、
神の霊のほかにだれも知らないのだそうです。

 

 それで、【父である神】は、
【御子】イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方によって
ご自身の御思いを私たちの内に置き、
私たちが、ご自身の御思いが分かるように
していてくださるのだそうです。
神の思いを知り、
神と心を一つにしていく者に、と。(Ⅰコリント2:11~16) 

 


 イエスは、愛と尊敬において自由意思で自分から
【父である神】と思いを一つにしておられる方、なのだそうです。

 

 ご自身が、
「わたしが天から下って来たのは、
自分の思いを行うためではなく、
わたしを遣わされた方のみこころを行うためです」(ヨハネ6:38)
と仰られ、
また、「『わたしはある』という者であり、
自分からは何もせず、
父がわたしに教えられたとおりに、
これらのことを話している」(ヨハネ8:28)

 

 「わたしがあなたがたに言うことばは、
わたしが自分から話しているのではありません。
わたしのうちにおられる父が、
ご自分のわざを行っておられるのです」(ヨハネ14:10)
と言っておられるように。

 

 それで、【父である神】の御思いのとおりに、
ひどい熱で苦しんでいるペテロのしゅうとめの枕元に立ち、
熱をしかりつけて、熱をなくし、
また、ご自身のところに来た
様々な病で弱っている者、一人一人に手を置いていやされ、
町々を回り、
神の国は近づいたから、神のほうに心を向けなさい」
と伝えていかれたのだそうです。

 

 

 この方が、迷い出た羊のような私たちも捜し出し、
見つけ出してくださって、
神の霊、【聖である霊】と呼ばれる方を私たちに派遣し、
この方によって、
【父である神】の御思いを心に置いてくださり、
私たちを【父である神】の思いを知る者、
【父である神】と思いを一つにして生きる者にと
してくださるのだそうですから。
豊かな祝福、繁栄の中へ、と。

今日も。

 

 

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