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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

命と信心に関わるすべてのものを与えてくださって

私たちの心を主に向けさせて、
  私たちをそのすべての道に従って
    歩ませてくださるように。列王記上858
 
 主イエスは、
ご自身の持つ神の力によって、
命と信心とにかかわるすべてのものを、
私たちに与えてくださいました。Ⅱペトロ13
 
 ルカ225462
 マルコ82226
      (ローズンゲン日々の聖句8/12;金)
 
 ソロモンが、神殿奉献のとき、このように祈ったのだそうですが(列王記82261)、
ただ、そむくばかりで、天の神、主の懲らしめを受け、国を失い、離散の民となるばかりのような者のために、「御子である神」と呼ばれる方が、その栄光の座を後にして、女の子孫として(創世記315)、人の世に生まれ(ヨハネ1:1~14)、
すべての人のすべての罪の責任を背負って十字架刑での処刑を受けてくださり、
私たち、すべての人間のそむきの罪を処罰済みとしていてくださるのだそうです。
 
 その上で、もう一人の救い主、「聖である霊」と呼ばれる方を受け入れる者に派遣してくださって、この方の働きによって、受け入れる者の心に、「父である神」と呼ばれる方が、私たち、一人ひとりに思っていてくださる御思いを置いてくださるのだそうです。
 
 それで、「神のひとりのように、全知、全能、永遠に生きる者になろうとし、善悪を知る、善悪の判断を自分一人で決定する者になって、天の神、主の上に自分の位を上げ、すべての誉れ、すべての良きものを自分一人で独占しようとする者になっている私たち(創世記3522、ロマ31018)、天の神、主に対抗し、そむきの道、自分の道を行くばかりの私たち自身である「生まれたときからの霊」を処刑されたもの、死んだものとしてくださり、
心を主に向け、御思いを心に置いて一つ思いを思うようにしてくださり、御思いを受けて歩む者にもしてくださるのだそうです。
 
 
 イエスの弟子、ペテロが、なんの予告もなく、いきなり、イエスが捕えられるという状況に陥り、三度も、神に誓ってまで、「こんな人は知らない」とイエスを否定していたら、ペテロも他の弟子たちも立ち上がれなかったことででしょう。
 
 それで、イエスは、「今夜、鶏が二度鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言う」と具体的に、ペテロに告げられて(マルコ1430)、ペテロの心を備えられ、さらに、「シモン(ペテロ)、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。
しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。
だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ223132)と前もって話していてくださったのですね。
 
 そして、盲人の目をすっかり直し、はっきり見えるようにしてくださったように(マルコ82226)、私たちの信仰の目も開いてくださって、与えていてくださる、命と信心に関わるすべてのものを見ることができるようにもしてくださり、
神のご性質にあずかり、
信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えてくださり、
役に立つ者、実を結ぶ者にして下さり、
イエス・キリストの永遠の御国に入る恵みを豊かに加えて下さるるのだそうです(Ⅱペテロ1:3~11)。
今日も。
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