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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

死んでいた私たちを生かしてくださいました

わずかの間、

  わたしはあなたを捨てたが、

 深いあわれみをもって

    わたしはあなたを引き寄せる。イザヤ書54:7

 

 憐れみ豊かな神は、

私たちをこの上なく愛してくださり、

その愛によって、

罪のために死んでいた私たちを

キリストと共に生かしてくださいました。エフェソ書2:4~5

 

 Ⅰテモテ6:3~11

 エレミヤ書7:16~28

      (ローズンゲン日々の聖句9/6;火)

 

 天の神、主、「わたしはある」と名乗られる方が、私たちの罪を怒り、私たちを捨ててしまわれるように見えるときがありますが、それは、私たちが背きの道を突き進んで、滅んでしまうことを悲しみ、立ち返ることを願っての懲らしめなのだそうです。

 だから、次は、深く憐れんで、引き寄せてくださるのだそうです。

 

 私たち、自分の罪過と罪との中に死んでいる者、

罪の中にあってこの世の流れに従い、

空中の権威をもつ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って歩み、

「生まれた時からの霊」という私自身から心に来る欲のままに生き、

御怒りを受けるべき者ですが、

憐れみ豊かな神は、そのような私たちを愛してくださり、

恵みとして、イエスと共に生かし、イエスと共によみがえらせ、

イエスと共に天の栄光の座に着かせてくださるのだそうです。

 

 

 私たち、天の神、主、「わたしはあるという者だ」と言われる方と心を一つにする生き方を嫌い、背を向け、自分が「善悪を知る者」になって、「生まれた時からの霊」から心に来る思いのままに生きる者です。

 

 「わたしの声に聞き従え。そうすれば、わたしはあなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる。

あなたがたをしあわせにするために、わたしが命じるすべての道を歩め」とおっしゃる方に聞こうとせず、耳を傾けず、自分の心のままに、「天の女王」に従い、自分の好むものを神として拝み(エレミヤ7:16~28)、ことばの争いを好み、必要以上に金銭を愛し、ねたみ、争い、そしり、悪意の疑りに走ります。

 

 けれども、私たちは、何一つこの世に持ってこなかったし、またこの世から何一つ持って出ることもできない者です(Ⅰテモテ6:3~11)。

 

 生きていくのに必要なものは、「神の国(統治)とその義とを、まず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのもの(衣食)はすべて与えられる」のだそうです(マタイ6:33)。

 

 十字架刑で処刑され、復活したイエスを通して来てくださる「聖である霊」と呼ばれる方が私たちの心に置いてくださる「父である神」の私たち一人ひとりに思っていてくださる御思い、

その御思いに聞き、その御思いによってイエスと共に生きる、しあわせな者としていただけるのだそうです。

今日も。

 

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