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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

ぶどうの枝が、ぶどうの木につながり、木からの養分を受けて行くなら

主であるわたしはぶどう園の番人。
  常に水を注ぎ、
    害する者のないよう、
      夜も昼もそれを見守る。イザヤ書273
 
 あなたがたが豊かに実を結び、
わたしの弟子となるなら、
それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。ヨハネ158
 
 ロマ書61823
 ヨハネ151021
      (ローズンゲン日々の聖句9/12;月)
 
 ぶどうの枝が、ぶどう園の番人の世話を受け、
また、ぶどうの木からの豊かな養分を受けて実を豊かに結ぶ、
そのように私たちも、天の神、主の世話を受け、
イエスとイエスの十字架刑での処刑を通して来てくださる「聖である霊」と呼ばれる方によって来る、「父である神」の私たちひとり一人に対する御思いを受けて歩むなら、
受け入れる者は豊かな実を結ぶ生活をするようになるのだそうです。
「父である神」の御思いが、受け入れる者を通して実現し、
受け入れる者は神の栄光となるのだそうです。
 
 イエスは言われました。
「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。
わたしの愛の中にとどまりなさい。
もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、
あなたがたはわたしの愛の中にとどまるのです。
それは、わたしが父の戒めを守って、
わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです」(ヨハネ15910新改訳)と。
 
 また、使徒パウロを通して言われます。
「神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの基準に心から服従し、罪から解放されて、義の奴隷となったのです。
 
 以前は自分の手足を汚れと不法の奴隷としてささげて、不法に進みましたが、今は、その手足を義の奴隷としてささげて、聖潔に進みなさい。
罪の奴隷であったその当時、今ではあなたがたが恥じているそのようなものから、何か良い実を得たでしょうか。それらの行き着く所は死です。
 
 しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。
罪から来る報酬は死です。
しかし、神の下さる賜物は、私たちの主、キリスト・イエスにある永遠のいのちです」(ロマ61723新改訳)と。
 
 
 私たち、天の神、主の御思いから外れてしまい、的外れになっている「生まれたときからの霊」から来る「思い」によって生きていますが、
その「生まれたときからの霊」という自分自身を、イエスの十字架刑での処刑に合わせていただいて処刑されたもの、死んだものとしていただき、
三日目に墓より復活し、
今は、天の父である神の右の座に着いておられるイエスが派遣してくださる「聖である霊」と呼ばれる方をお迎えするなら、
この方から来る「父である神」の「思い」によって生きる者にしていただけるのだそうです。
永遠のいのちの中を。
今日も。
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