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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

私たちを贖い、救うために世に来られた方

私は知っている、
  私を贖(あがな)う方は生きておられる。ヨブ記1925
 
 パウロの言葉:
「キリスト・イエスは、
罪人を救うために世に来られた」という言葉は
真実であり、そのまま受け入れるに値します。
私は、その罪人の中で最たる者ですⅠテモテ115
 
 Ⅰテサロニケ5915
 イザヤ書571421
      (ローズンゲン日々の聖句11/24;木)
 
一日のうちに、全財産と、7人の息子、3人の娘も失ったヨブ。
そのうえ、頭のてっぺんから足の先まで悪性のできものができ、
家の中にもいられず、灰の中に座り、土器のかけらで身をかいているヨブ。
妻からは「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。
神を呪って死になさい」とまで言われ(ヨブ1129)、
親しい友人たちからも、あなたが罪を犯したから、このような不幸に遭うのだ、と責められたのだそうです。
 
 そのとき、ヨブは、後の日に、救い主が、自分を贖ってくださる方が、人の世に来られることに望みをかけたのだそうです。
 
このヨブの望みは、それからおそらく2000年ほどの時を経て、イエスの誕生によって実現したのだそうです。
 
 
 使徒として立てられたパウロも言います。
「イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」と。
イエスは、その罪人の中で最たるもの、罪人のかしらのような私をも救ってくださった、と。
 
 そして、イエスが私たちのために十字架に架かって死んでくださり、救ってくださったのは、私たちが、目ざめていても、眠っていても、主とともに生きるためだ(Ⅰテサロニケ510)と。
 
 イエスの十字架刑での処刑に合わせていただいて、私という「生まれたときからの霊」を処刑されたもの、死んだものとしていただき、
 
イエスが派遣してくださるもう一人の助け主、「聖である霊」と呼ばれる方をお迎えして、
この方によって「父である神」が私たちひとり一人に思っておられる御思いを心に置いていただくなら、
私たちは、この部分において、「父である神」と同じ思いを思い、一つ思いを思う者にしていただけるのだそうです。
 
それで、「御父」と完全に心を一つにしておられる御子イエスとも一つ心になり、
イエスとともに、イエスとの一つの中を生きる者としていただけるのだそうです。
目ざめているときも、眠っているときも。
今日も。
 
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